ちょい若おやじの映画と読書の記録

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"Words can't describe how it feels flying through an aurora. I wouldn't even know where to begin..."

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映画レビュー#35 愛、アムール [洋ドラマ]

2014.10.14 (Tue)

愛、アムール [DVD]愛、アムール [DVD]
(2014/06/27)
ジャン=ルイ・トランティニャン、エマニュエル・リヴァ 他

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[説明]
公開:2012年9月20日(墺、仏、独) *日本公開:2013年3月9日
上映時間:127分
原題:Amour (独語:Liebe)
監督:ミヒャエル・ハネケ Michael Haneke
脚本:ミヒャエル・ハネケ Michael Haneke
出演:
ジャン=ルイ・トランティニャン Jean-Louis Trintignant (仏) ― ジョルジュ Georges
エマニュエル・リヴァ Emmanuelle Riva (仏) ― アンヌ Anne
イザベル・ユペール Isabelle Huppert (仏) ― エヴァ Eva
音楽:シューベルトFranz Schubert , ベートーヴェンLudwig van Beethoven

出典:エンドクレジット、wikipedia 愛、アムール , Liebe (2012)
日本語版公式HP:愛、アムール

[あらまし]
フランスのとある街の一室。警察がその一室に足を踏み込んだときには、ある老女性の、花で飾られた死体がベッドに寝かせられていた…
ジョルジュとアンヌは元音楽教師の老夫婦。教え子のピアノリサイタルからの帰り、自宅の鍵が何者かによって泥棒に入られそうになった形跡を見つける。不安のまま朝を迎えた2人は朝食をとりながら、扉の修理について話し合いをしていたのだが、突然、アンヌが何も動かなくなってしまう。そのすぐ後に、彼女は意識を戻すのだが、その意識のなかった時間の記憶が彼女にはない。アンヌの手術が失敗してしまい、右半身マヒになってしまう。
ジョルジュ自身も老人でありながら、アンヌの介護を献身的にするのだったが、その努力とは裏腹に、アンヌは次第にボケも始まり動けなくなっていくのだった…

老夫婦に急にやってきた「死」の接近。
2人の苦悩と2人の愛を淡々と描くミヒャエル・ハネケ監督。
第65回カンヌ映画祭パルム・ドール受賞、第85回アカデミー賞外国映画賞受賞(墺代表出品)
(文責・管理人)


[レビュー]
この映画、ホラー映画でもなんでもないのに、目を覆いたくなるほど暗い気持ちになった。
だがしかし、しっかりと目に刻みたかったので、頑張って約2時間を過ごした。
正直、観終わった時の「ズ~ン」とする感覚はきつかったが、そう思わせるこの映画はすごいところだろう。
ミヒャエル・ハネケ作品を他に観たことのない管理人にとっては、他との比較ができないので、映画をまたぐ分析なり感想が抱けないのは残念である。

感情移入といった点においては、まだまだ観るには経験が浅かったかもしれないが、とりあえず初鑑賞で思いを巡らせたことについて挙げておきたいと思う。
それにしても、俳優の演技、音楽の使い方、1カットの長さなど様々なこと含め、総合的には、管理人の好きなタイプの映画だった。ただ、ただ、辛かったのは間違いないが…

さて、今回のレビュー構成は、

①老夫婦の要介護状態 ―描かれていたと感じた問題点とは???
②ラストについて
③「至高の愛の物語」 ―日本版予告編の違和感

この3点でやっていくが、自分自身の力不足を感じずにはいられないほど、言葉を選ぶのが難しい。
ではいってみようか。


老夫婦の要介護状態 ―描かれていたと感じた問題点とは???
介護…
避けては通れないところに来ていることは日々感じている。
日本においても重要な事柄であるが、本作はその問題点の1つの側面をこれでもかと表しているように感じた。
介護にまつわることとして、介護の知識、男性スタッフの需要、外国人労働者の介護受け入れ状況、「介護疲れ」、介護を受けられるかどうか、在宅介護なのか施設入所なのか、子供たちと親、などなど様々なことを想起させられた。

本作で描かれていたのは、老夫婦同士の介護であったと思う。
彼らは、在宅の道を決めるのだが、ベッドの購入、電動車いすの購入、食事、入浴、排せつ、夫の肉体的負担、お互いの精神的疲労などなどが描かれていたと思う。
そして、これらの「ああ。」と息を漏らしながら、考えを巡らせていると、決まってそのシーンなり1カットがこれまた長回しなのである。2,3メートル歩いていくのにお互い苦労しているところをそのまま映すのである。

夫と妻という長年連れ添った2人にしか伝わらない関係性と同時に、娘や教え子を含む周囲の人とのズレなども丹念に描かれていたと思う。
娘の何ともしがたい気持ちもわかるし、そして父親に「なぜ辛いのに施設に入れないのか?」という目もわからんでもない。
娘と父親、娘と母親、など映画の中で展開される会話のやりとりの、どっちが正解か不正解なのか答えの見えない状態なのもまた本作の描く問題点をより深い層にあることを導いてくれているように感じた。

結局、色々と考えて悩みながら鑑賞していくと(この感覚はおそらく観客一般に共通して言えるのではないかと思う。あくまで悩む、という共通点である)、ラストの選択が描かれるのである…


ラストについて
ラストに恐らく夫が選んだ選択はオープニングシーンで想像はできているはずである。
それでも、あのシーンは予期せぬ展開であったように思えた。
急にくるのである。
結論から言うと、夫は妻を窒息死させ、その死体に花で着飾り、遺書のような手記を残し、部屋を去るのである。
なお、夫の消息については描かれない。

この夫の選択について、考えたことを述べておきたい。
なお、ここでは便宜的に、夫(妻)が自らの手で妻(夫)の命を摘むことを「殺人」としておく。

1つ目は、「介護疲れ」という表現ではあの行動を的確に表しているわけではない、ということだ。
なぜ「介護疲れ」という言葉を思い浮かべたのかと言うと、「介護に疲れた家族が殺す」ということではないように感じたからである。
別に、夫は「疲れた」から殺したのではない。
でも、どんな気持ちで妻を殺したのか明確な理由は今回はわからなかった。
娘とのやりとりに疲れていたのかもしれないし、妻の老い行く状態と自分の老いとを悲観したのかもしれないし、これ以上妻が妻でなくなるのを見ていられなくなったのかもしれないし…

正直、明確なのはわからなかった。
ただ、妻アンヌが夫ジョルジュに対して、

 あまりイメージを損なうことは言わないで

と言うセリフや、アンヌが自分がかつてのように動けなくなっていることに悲観的になっていることなどを考えると、
2人に対して急激に接近してきた<死>に際会して、自分たちで終止符を打ちたかったようにも見えた。
もしかしたら、特に何も考えていなかったのかもしれない、とさえ見えた。

とにもかくにも、よくわかっていない自分自身の感想も含め、考えさせられる演出だったと思う。
窓から入ってきた鳩を捕まえて抱きかかえるシーン、死に装束を選ぶシーン、妻の幻覚(?)に導かれて、家を出ていくシーンなどエンドクレジットに至るまで余韻を残してくれる。

次に感じたのは、本作に登場した老夫婦のような2人にとって、「殺人による罪」だとか「罪をつぐなう刑務所での時間」だとか「刑事罰の執行」などは全く持って関係のない次元にあるように感じた。
つまり、死が間近に迫った老夫婦にとって「殺したらこうなるよ」は「殺しをしない」という選択肢の根拠にはなりえないように感じた。
どんな理由にしても、夫ジョルジュにとっては妻を殺すだけの後押しの方が強いように感じた。

それでも、「どんな状態でも<自然>な状態で死ぬのを待つ」とか「この手で愛する妻(夫)を殺すわけにはいかない」などの理由を以て、「殺さない」という選択肢を持つ人も当然いるわけであろう。

とにかく、老夫婦による「殺人」についての議論をする際には、刑事罰なり罪の意識とは異なるところにあるように感じたのだ。
確かに、死後の世界を想定しての罪の意識はあったとしても、本作のような状態においては、それもあまり意味をなさないように思えた。

実際のところは一体どうなのだろうか?
何も知らない自分自身の知識も含め、あれこれ考えさせられたシーンであった。


「至高の愛の物語」 ―日本版予告編の違和感
これは、日本版公式HPにアップされている予告編で最後にナレーションされる言葉である。
確かに、老夫婦の間の<愛>を感じたのは間違いないし、その<愛>とは一体何なのかを考えもした。
また、これに付随して、
「人生はかくも長く、素晴らしい」
とか、
「誰にも訪れる『老い』と『死』を、誇りを持って迎えるために」
とかが日本語版公式HPでは使われているのだが、これに若干の違和感を感じずにはいられないのである。

ジョルジュの、妻を殺しているときの苦しそうな表情、ぼーっとした表情、娘とのズレなどを観ていると、
「素晴らしい」や「誇りを持って迎え入れる」を感じなかったのである。
妻アンヌが障害を抱えるまで、楽しかったのだろうし、アンヌが障害を抱えたのち古いアルバム写真を眺めながら「人生は長い」と言っているところまでは、「人生は素晴らしい」とは感じた。
ただ、あのラストに行くまでの映画の残り40分くらいは、ただひたすらに辛かったのだ。

そんなに、「誇らしかったか?」「素晴らしかったか?」

「誇り」って一体何なのか???
ああやって苦しんでいくのも「誇り」なのか???

確かに、日本語版公式HPに書かれているような言葉もわかるのであるが、何か若干の違和感もまた感じているのである。
広告制作というのも本当に大変なのだろう。
特に、このような映画に遭遇したときは…
そう感じずにはいられないほど、頭がどうにかなりそうなほどの映画だったと感じた。


おわりに
本当に、色々頭を抱えた映画だった。
それゆえに、全く文章にする気持ちもわかなかったし、自信もなかったのだが、この最初の感覚を少しでも残しておきたくて、無理してブログに載せてみた。
この映画をご覧になった方は皆さんどんな気持ちになったのだろうか???

総合的には本当に自分の中の観るべき映画の上位にランクインしてきたようには思う。
でも、本当に疲れた…

過去最大級の無茶苦茶な文章にここまでお付き合いいただいた方ありがとうございました。
そして、ただ、ああでもない、こうでもない、と悩んでいる言葉ばかりですみません。

「2度目以降は…」と言いたいところだが、また観ることにもある種の覚悟がいるので、次の鑑賞がいつになることやら…
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コメント

No title
めっちゃ重たい作品でしたよねぇ。

>「人生はかくも長く、素晴らしい」
>「誰にも訪れる『老い』と『死』を、誇りを持って迎えるために」
↑ HPで使われているんですか?
知りませんでした。
まるでピントがはずれていますよね〜。

これを観に行った日は平日だというのに映画館はほぼ満席でした。
お客さんの年齢層はかなり高く、ご夫婦連れも目立ちました。
終演後、皆さん、重たい気持ちで席を立たれたと思うわ。
「老老介護たいへん・・・
 この人(夫or妻)を殺しちゃったら
 どうしましょ〜」
と思いつつ。

頭を抱える
本当に頭を抱え、悩み、暗くなりそうな映画ですね。
正解も不正解もない、わかる気がします。
老いは、悲しいけれど、誰にでもやってきます。老々介護、考えたくないけれど、自分にも近い将来やってくるのかと思います。
この映画を鑑賞する精神的な強さ、アタシには持てそうもありません・・。
Re: No title
さとちんさん、コメントありがとうございます。

> めっちゃ重たい作品でしたよねぇ。

本当に本当に重たいですよね~。泣

> >「人生はかくも長く、素晴らしい」
> >「誰にも訪れる『老い』と『死』を、誇りを持って迎えるために」
> ↑ HPで使われているんですか?
> 知りませんでした。
> まるでピントがはずれていますよね〜。

やっぱりそう思われますか。
なんか違うと思うんですよ。
だから↓みたいなことになるのだと思います。

> これを観に行った日は平日だというのに映画館はほぼ満席でした。
> お客さんの年齢層はかなり高く、ご夫婦連れも目立ちました。
> 終演後、皆さん、重たい気持ちで席を立たれたと思うわ。
> 「老老介護たいへん・・・
>  この人(夫or妻)を殺しちゃったら
>  どうしましょ〜」
> と思いつつ。

「老老介護」(こういう風に言うんですね。)は考えさせられます。

「美しい」とか「誇り」とかだけを感じていればこうはならないと思います。
だからやっぱり日本語版公式サイトの言葉には疑問を感じます。
これ、かなり「ピントがはずれている」のいい例ではないでしょうか???
私はDVDで自宅で1人で見ましたので、この劇場での体験談は大変参考になりました。
ありがとうございます^^
Re: 頭を抱える
レインボウさん、コメントありがとうございます。

かな~り重たいですよ…
もしかしたらレインボウさんの考えている以上に重たいかもしれません…

私も2時間がこんなに長かったのは久しぶりです。
体感としては、頭を抱えている時間が3時間、映画本編が2時間といった感じでした。

この「老々介護」(こういう風に言うんですね。)のあれこれはかなり深刻な問題だと思いました。
単純に肉体的な問題もありますし、そこから生じる精神的な負担もあるかと思います。

本当、頭を抱えましたよ…
こんばんは~♪
ハネケはボクの大好きな監督のひとりでして、
日本で劇場公開された作品はすべて観ています。

この作品はハネケの中ではまだわかりやすいし、
ショックも少なめだと思います。
実はそれぐらいぶっ飛んだ監督なんですよ!

日本版のキャッチコピーである、
「人生はかくも長く、素晴らしい」は、
確かにこの映画にはあまりふさわしくない。
でも、「誰にも訪れる『老い』と『死』を、
誇りを持って迎えるために」は、
この映画の本質を表していると思います。
要するに、こういう状態になってまで生きることに、
人としての尊厳や誇りは存在するのか?
と、観客に対して突きつけてきているわけです。
恐ろしい監督ですねぇ。
でもこれでもまだやさしいくらいなんですよ。
彼の映画で最も悪意のかたまりなのは、
やはり『ファニーゲーム』でしょうね。
とにかく最低最悪に落ち込みます(笑)
Re: こんばんは~♪
スパイクロッドさん、コメントありがとうございます。

げええ~。泣
これでも優しいほうなんですかあああ。
とんでもない監督です。

「最低最悪に落ち込む」はさすがに強烈ですね。
観る前から絶望しそうですよ。笑

> でも、「誰にも訪れる『老い』と『死』を、
> 誇りを持って迎えるために」は、
> この映画の本質を表していると思います。
> 要するに、こういう状態になってまで生きることに、
> 人としての尊厳や誇りは存在するのか?
> と、観客に対して突きつけてきているわけです。
> 恐ろしい監督ですねぇ。

なるほど。
「こういう状態になっても…」
ですか。
本当に、この「こういう状態になっても…」が私を苦しめました。
アンヌが寝たきりになってからのエンドクレジットまでは、本当に「誇り」を感じ得なかったです。
でも、もともと「生に誇りを感じていたい」と思っているタチですから、そう思う自分も含めて、映画から感じたこととの葛藤みたいなものに悩まされました。
だからこそ、日本語版公式HPの言葉に対して違和感を抱いたのだと思います。

いやあ、本当にグサッとくる投げかけをしてくる監督さんだと思いました。
本当に恐ろしいです。笑

日本で公開された作品をすべて観るなんて、スパイクロッドさんはある意味「勇者」ですね♪
No title
映画の宣伝まわりで言っているのは、
この映画を「至高の愛の物語」と捉えているからだと思います。

物語の冒頭で、
弟子のコンサートを観て帰ってきた時の夫婦の会話を観るとわかりますが、
「誇り」高き人は、奥さんのほうです。
ちょっと、かかあ天下な感じでしたよね?
施設を選ばずに、自宅でしかも夫の介護を選んだのも、
奥さんの意思だし、自身の「誇り」(=恥をさらしたくない)ゆえに違いありません。
ひょっとすると、完全に自我を失う前に、しかるべき時が来たら殺してほしいと
夫に告げていたかもしれませんね。

夫は妻を心から愛しているので、妻が壊れてしまって
ずっと介護を続けなければならなくなっても一緒にいたいという気持ちと、
妻の誇り(=恥をさらさない)を保ちたい(=屠る)気持ちとが葛藤する。
結局、自分の気持ちより、妻の「誇り」を保つという究極の愛を示すわけですが、
宣伝周辺の人たちは、それをもって「至高の愛」、
「人生は最後まで愛に満ちていて素晴らしい」と
肯定的に表現することにしたんだと思います。
そういうことで、落ち着けたのでは。

でも、最後に夫は姿をくらましますよね。
これがあるので、宣伝コピーの意味が釈然としなくなるんだと思います。
夫は、“介護疲れ“ してしまったのではないか?
どこかへ行って自殺したのか? なぜ、妻のそばで自殺しなかったのか?
単に警察から逃亡したのか?
・・・わからない。
そう、この映画は、答えを自由に見つけてください、という映画なのだと思います。


僕は、夫はどこかに逃亡して、生きているのではないか、
と勝手に解釈させてもらっています。
妻は、自我を失う前に、
自分の誇りを保つためではなく、“夫に自分の介護の面倒を負わせないために”
しかるべき時が来たら殺してほしいと夫に告げ、それと同時に、
「あなたは逃げて、どうせ残りが短いのだから、人生を全うして」
とも頼んだのではないかと。

つまり、この物語は夫の意思と行動に焦点が当てられているように見えますが、
実は、“妻から夫への”「至高の愛の物語」なのです・・・
・・・っと、荒唐無稽な解釈ですが、
それくらい飛躍した想像をしたほうがおもしろいと思いません?
だって監督は、好きなように解釈しろ、と言っているのですから。
Re: No title
つかりこさん、コメントありがとうございます。

とても興味深く拝見させていただきました。
面白いです!

その「奥さんからの」というベクトルはもっていない視点でした。
「妻の誇り」と「妻への愛」との葛藤。
ひいては、「妻への愛の表出」が「妻の誇りを守ることでもある」

つかりこさんの説明ならば、映画の宣伝と私が感じた違和感ということの要因が納得できたような気がします。


ただ、私はラストについては、本文記事にも書いたように、どうしても高齢の方によるいわゆる「犯罪」の結果が気になります。
仮に捕まろうが、逃げ切ろうが、死のうが、生きろうが、もう一緒のような気がしてなりません。
どんなに長く生きても数年???
まあ120歳くらいまで生きれば話は別ですが。

また、「夫に自分の面倒を負わせないために」というのは、仮に、言っていたとしても、殺す瞬間の動機になりえたのか?という疑問も残ります。
あの一瞬において、劇中ずっと「どんな姿でも妻の面倒を見るんだ」という「愛」を持つ夫だからこそ、あの瞬間において、妻の「面倒かけるから殺して、あなたは逃げて」はあの衝動に駆りたてさせるものになったのか、と。

もちろん、これは私の仮定での話です。
「妻と一緒にいたいけど、妻の誇りのために殺そう」と思って殺したとも思えます。
あくまで、可能性として疑問に思ったことを上に書いたまでです。
この辺が、あのシーンの無機質でありながら、夫のどちらとも言い難い苦痛の表情が、解釈の自由度を上げているのだと思います。

それだけ、この映画にはつかりこさんのおっしゃるように、解釈の自由を与えてくれているのだと思います。
話のネタの数でいうと、たくさんのネタが含まれているようにも思います。

でも、「妻から夫へ」の解釈はこの映画を楽しむための重大な視点かと思いました。
勇気を持ってもう一度観るならば、その視点を導入してみようと思います。

いやあ「妻から夫」ですか。
反芻すればするほど、面白いです。
貴重なご意見、そして丁寧な解釈の紹介ありがとうございました!
おはようございます(^w^)
ちょい若おやじさん( 〃▽〃)
【君に読む物語】
見たことありますか!?( -_・)?
唐突ですみません…
以前…Mr.Childrenの櫻井さんが
好きな映画と話していたので気になり
お聞きしました(σ≧▽≦)σ

Re: おはようございます(^w^)
想さん、コメントありがとうございます。

> ちょい若おやじさん( 〃▽〃)
> 【君に読む物語】
> 見たことありますか!?( -_・)?
> 唐突ですみません…
> 以前…Mr.Childrenの櫻井さんが
> 好きな映画と話していたので気になり
> お聞きしました(σ≧▽≦)σ

出ました!
要チェックしている映画なんですが、いつも借りようかなあ、でもどうしようかなあ、と思っている作品です。
確か、認知症かアルツハイマー症(?)の奥さんに昔の手紙を読み聞かせるお話ですよね(?)

と、考えてみれば、『愛、アムール』とどこか通じる点があるのかも…。
あ、やっぱり観なくちゃ!

情報ありがとうございます!
No title
こんにちは。
定期的に遊びに来させていただいています。私のブログにリンクさせていただきました。
拙い文章ですが、これからもよろしくお願いいたします。
Re: No title
ゆたかーん!さん、初コメントありがとうございます。
映画戯言日記のゆたかーん!さんですね!
私も、定期的にそちらに遊びに行かせていただいています!

しかも、リンクまで貼っていただいてありがとうございます!
こちらこそ、拙い文章ですがよろしくお願いします。
こちらもリンク貼らせていただきますね!
これからも、こちらも遊びに行かせていただきますのでよろしくお願いします。

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