ちょい若おやじの映画と読書の記録

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"Words can't describe how it feels flying through an aurora. I wouldn't even know where to begin..."

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映画レビュー#32 ミセス・ダウト [洋コメディ]

2014.10.09 (Thu)

ミセス・ダウト〈特別編〉 [DVD]ミセス・ダウト〈特別編〉 [DVD]
(2006/02/10)
ロビン・ウィリアムズ、サリー・フィールド 他

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[説明]
公開:1993年11月24日 *日本公開:1994年4月16日
上映時間:126分
原題:Mrs. Doubtfire
監督:クリス・コロンバス Chris Columbus
脚本:
ランディ・メイエム・シンガー Randi Mayem Singer
レスリー・ディクソン Leslie Dixon
原作:Anne Fine, Madame Doubtfire, 1987, Hamish Hamilton
出演:
ロビン・ウィリアムズ Robin Williams ― ダニエル・ヒラード/ミセス・ダウトファイア
サリー・フィールド Sally Field ― ミランダ・ヒラード Miranda Hillard
リサ・ジャクブ Lisa Jakub ― リディア・ヒラード Lydia Hillard
マシュー・ローレンス Matthew Lawrence ― クリス・ヒラード Christopher Hillard
マーラ・ウィルソン Mara Wilson ― ナタリー・ヒラード Natalie Hillard
ピアース・ブロスナン Pierce Brosnan ― スチュワート・ダンマイア Stuart Dunmeyer
ハーヴェイ・ファイアスタイン Harvey Fierstein ― フランク Frank Hillard
ロバート・プロスキー Robert Prosky ― ジョナサン・ランディ社長 Mr. Jonathan Lundy
音楽:ハワード・ショア Howard Shore (『ビッグ』『ロード・オブ・ザ・リング』など)

出典:エンドクレジット、wikipedia ミセス・ダウト , Mrs. Doubtfire , Madame Doubtfire

[あらまし]
―1990年代くらいのアメリカ―
俳優、声優として売れない男ダニエル。彼は、いつも自分の善意に従って、仕事をクビになるような男。楽しいことが大好きで子どもが大好き。一方、デザイナーとして仕事バリバリの「キャリア・ウーマン」で大真面目なミランダ。そんな2人は結婚して十余年。長女リディア(13くらい?)、長男クリス(12)、次女ナタリー(5くらい?)と仲良く暮らしていた。
しかしながら、ダニエルの自由奔放で楽しむ性格は「お父さん」としては子供たちから愛されるものだったが、仕事をせず、いつも遊んだものを片づけない性格は「夫」としては妻ミランダからすれば悩みの種であった。
そして、遂に、堪忍袋の緒が切れたミランダはダニエルとの離婚を決意。裁判によって、無職のダニエルに親権が認められることはなく、週に1回だけの「面会」が許されるという、ダニエルにとっては「愛する子供と離される」という耐え難い審判を受けることになる。
何とかして子供たちと毎日会えないかと願っていたところ、ミランダが家事手伝いを雇おうとしていることを知り、親戚(or兄弟)でメイクアップアーティストのフランクの力を借りて、英国生まれの60代の女性に変身して、見事採用にこぎつける。
ミランダに名前を聞かれて、あわてて新聞の見出し「放火の疑い Doubt Fire」から自身を「ミセス・ダウトファイア Mrs. Doubtfire」と名乗り、慣れない家事を持前の明るさで乗り切りつつも、彼にとっては似つかわしくもないような勤勉さで徐々に家族の一員のような存在になっていくのだったが…

名優、故ロビン・ウィリアムズ(以下、ロビン)が特殊メイクによって60代の英国人女性を見事に演じる。
そして、サリー・フィールド(『フォレスト・ガンプ』)、ピアース・ブロスナン(『007』5代目ボンド)、ハーヴェイ・ファイアスタイン(『インディペンデンス・デイ』)、ロバート・プロスキー(『グレムリン2』)の個性的な面々が脇を固める。
そして、かわいらしい子供たちを演じる、リサ・ジャクブ(『インディペンデンス・デイ』)、マシュー・ローレンス、マーラ・ウィルソン(『34丁目の奇跡』)のかわいらしさ。
『ホームアローン』『ホームアローン2』『ハリー・ポッターと賢者の石』『ハリー・ポッターと秘密の部屋』でお馴染みクリス・コロンバスがメガホンをとる。
(文責・管理人)


[レビュー]
久しぶりの10数年ぶりの鑑賞。
例のごとく、ロビン好きの管理人にとっては、もうそれだけで十二分の鑑賞動機。
なお、ロビン関連レビューを以下に貼っておく。
第1弾「映画レビュー#13 フック
第2弾「映画レビュー#15 レナードの朝
第3弾「映画レビュー#16 ジャック
第4弾「映画レビュー#22 ストーカー
第5弾「映画レビュー#24 最高のともだち

本作においては、設定とされている舞台が90年代くらいのアメリカであり、女性の社会進出もどんどん増えているようなころだったのではないだろうか。そして、映画『フック』のように、仕事に顧みない父親が描かれる中で、本作はその真逆が映画のスタート地点になっている。

従って、今回のレビュー構成は、

①「お父さん」「お母さん」「夫」「妻」 ―ダニエルとミランダの離別の原因の解釈から
②子供たちの<幸せ>とは? ―ラストシーンの劇中番組のセリフから
③テンポよく進むコメディ要素 ―DVD付録インタビューも交えながら

以上3点を軸にレビューをしていくこととする。

「お父さん」「お母さん」「夫」「妻」 ―ダニエルとミランダの離別の原因の解釈から
本作を観て、感じずにはいられなかったのは、人間は誰しもが何かしらの「役」を演じているということ。
ミランダがダニエルのことをミセス・ダウトに語るシーンで、

 彼は素晴らしい「父親」だったが、「夫」としてはダメだった

といったことを語る。
物語の冒頭から最後まで、間違いなくダニエルは子供たちのことが大好きで、子供たちもダニエルのことが大好きだという印象を受ける。とりわけ、ダニエルも子供たちも「一緒にいる」ということを大切にしているように感じられた。

一方、「お母さん」としてのミランダはどうであったか。

 ダニエルだけが楽しい思いをして、自分は楽しめない
 いつも怒ってばかりで、私がいやになる

というセリフに顕れているように、「良き父親」としてのダニエルと相対的に、自分が大真面目で、怒ってばかりいるようになって、自分の立ち位置に困惑してきたという印象。
更に、ミランダはデザイナーとしての手腕が認められるようになって、仕事にやりがいを感じており、自分たちの家にいるよりも職場のほうに安息を感じているようだった。
そして、ミランダからの離婚の要求、という形式で離婚は決められていく。

役割という点において、本作で面白いのは、文字通り「ミセス・ダウトファイア」をダニエルが演じるという点ではないだろうか。
そして、ダニエルは彼女を演じることで、自分自身も変わっていくのである。
更に、その「ミセス・ダウトファイア」との関係性によって、つまり彼女との接し方の「役割」によって、子供たち、ミランダも変わっていくのである。

そこで、ふと考えたことがある。
「良いお父さん」のイメージとして、子供たちと寄り添い、一緒になって遊んだり、子供たちのことを思いやるといったものがあるような気がするけれど、本作の場合のように、それだけでは上手く立ち行かないこともあるのならば、一体何が悪かったのか?というものである。
よくある、「良いお父さん」を描いた映画の終着点に限りなく近い状態で物語は始まっていたように思えるだけに、その違いは何だったのか?ということである。
それについて、次の項目より考えていきたい。


子供たちの<幸せ>とは? ―ラストシーンの劇中番組のセリフから
劇中では、度々、「子供たちの前で」「子供たちのことを想って」といったセリフがあるわけだが、一体「子供たちのことを想って」とはどんなものなのか。
一見、ダニエルは、子供たちにとって「良いお父さん」だったように描かれている。
一緒に遊んでくれて、話を聞いてくれて、お迎えにも来てくれて…
ただ、一方でダニエルが自分の善意に従うためならば、クビになっても気にしないというスタンスがある。
もちろん、冒頭のアニメのアフレコシーンでクビになるときのように、その反発理由も「子供の教育上」というものであり、あくまで子供のことを考えてはいる。
もしかしたら、ダニエルからすれば、妻がお金を稼いでいるから自分は無理してあくせく働く必要はないと思っていたのかもしれない。もともとはサラリーマンをしていた、といった言葉も最初に出てくるので働こうと思えばきちんと働けるのだろう。
しかし、ミランダからはダニエルが平気でクビになる姿は「家族のことを思っていない」と捉えられていたように思えた。

さて、2人が離別した後、子供たちは最初から父親と会いたい、と節に願うのである。
そして、同時に母親の苦悩もどこかで察しているようだった。
家事手伝いを雇う際にもきちんと母親の言うことを聞いて整列して玄関に立ったり、母親が新たな恋にときめいているのも受け入れようとしていたり…

ただ、やっぱり子供たちにとっては、父親と、ダニエルと、一緒にいる時間が欲しかったのである。
仮に「父親」という存在ならば、スチュワートでもよかったのかもしれないが、子供たちはダニエルと一緒に会うことを望んでいた。もちろん、子供たちはスチュワートを気に入っていたし、おそらく彼が父親となっても良好な関係を気付けるだろう思いやりがスチュワートにもあるように思えた。
とにかく、ダニエルにも会いたいのである。
だから、裁判によって、ダニエルが子供たちと会うときは監視員つきというのは辛いものだった。

結局、ミセス・ダウトとの生活(途中で長女リディアと長男クリスからは正体がばれるが)を通して、最終的にミランダが選択したものはどうだったか。
彼女は、最終的に、裁判所と手続きをして、ダニエルと子供たちが監視員なしで、しかも毎日の午後は彼と一緒に過ごすことを選択するのである。それはつまり、ミセス・ダウトが来ていた時間と同じものを、今度はダニエルと子供たちという関係で過ごす時間にしたということ。
それを可能にしたのは、ミセス・ダウトを演じるために夫が努力をしたことを感じたからだし、ダニエルにその変化がなければ不可能なことだった。

あのエンディングは「家族」の1つの形であるように思えた。
つまり、一緒に暮らすことだけが、最良というわけではない、と思うようになった。
もちろん、一緒に楽しく家族がそろっていたいけれど、自分たちのベストな状態を模索していこうとする、彼らの選択には感銘を受けた。
それを補うように、映画のラストシーンにおいて、劇中のTV番組(ダニエルが局社長に見初められて始まったミセス・ダウト主演の教育番組)においてミセス・ダウトが視聴者の子供から寄せられた便りに答える場面がある。

 僕らのファミリーはなくなったとお兄ちゃんは言います。
 本当ですか?
 どうやったらパパとママは仲直りしますか?


という相談に対して、「ミセス・ダウト」は次のように語るのである。長いが、DVDレンタル版字幕訳を基に引用する。

 かわいいケイティ
 パパとママが別々に暮らしていたほうごいいこともあるの
 喧嘩しているときより、よい人間でよいパパとママになれるの
 そして仲直りするときもあるし、しない事もある
 決してあなたのせいではないの
 あなた達への愛がなくなったわけではないのよ
 ファミリーには色々あるの
 ママしかいない家
 パパしかいない家
 親の違う兄弟
 おじいさんやおばあさんと暮らしている子供
 よその家庭にもらわれる子
 兄弟が別々の家、別々の町に住む事もある
 めったに会えなくて、時には何年も会えない事もある
 でも愛があれば、皆、結ばれているの
 心の中では、ファミリーが生きている
 私の愛をあなたに
 しっかり生きてね
 バイバイ


「決してあなたが悪いわけではないの」
このセリフは2人が離婚してすぐにクリスから「僕の誕生日さえなければ」というセリフに対しても使われている。
やはり、子供が「自分のせいで両親が喧嘩して離婚する」のは心に傷を残すはずである。
どんな形であれ、親は子供にそう思わせないような決着をつけなければならないだろう。
子どもにとってはどうしようもないことなのだから。
管理人自身両親が自分をきっかけに離婚しかけたと思っていたころがあったが、あの時の苦しくて悲しい思いは忘れられない。今でも思い出すと胸が締め付けられる思いがする。

更に、前提となる「あなた達を愛している」というものが、最初からなかったら???
これはもっと辛いのではないか。
子どもからすれば確かめようもないことだってある。
また、子供からすれば「愛されていない」と感じることもありえると思う。
特に、本作が制作されたアメリカと異なり、日本では子供に「愛している」とは言葉では表現する人は少ないように思う。それの是非や「態度で語っている」といった意見はいったん置いておいて、両親が自分のことを「愛している」とか「考えてくれている」とまじまじと考えることは少ないのではないか。
あるとすれば、友達の親と比較して作り上げる「親」観だとか、離別や死別に際会して初めて作り上げる「親」観であるとかだろうか。

いずれにせよ、子供たちと両親が切り離された文脈でのいざこざ、つまり「夫対妻」という文脈においてそれを子供たちに押し付けるのは子供たちにはどうしようもないことで、辛い爪痕を残してしまうことで、避けるべき事だと感じた。
ミセス・ダウトの言うように「色々な家族がいる」のだろうが、自分はどのような「家族」の一員となるのだろうか???


テンポよく進むコメディ要素 ―DVD付録インタビューも交えながら
オープニングのアニメーション、ロビンの声マネ劇場(一部アメリカンジョークについていけないが…)、女装、フランク役のハーヴェイ・ファイアスタインのゲイ演技(ゲイがコメディというわけではなく、彼の雰囲気の問題)、ミセス・ダウトに垣間見えるダニエル、などなどとにかく笑いが詰め込まれている。
インタビューで知ったのだが、オープニングのアニメーションは『ルーニーテューンズ』シリーズや『トムとジェリー』の数話でも監督をしていたチャック・ジョーンズ Chuck Jonesが担当しており、劇中でのその全編は流れないものの、映画用に完結した短編アニメーションを作ったという。

本当に、ロビンでなければ、あそこまでミセス・ダウトを面白く演じることはできなかっただろう。
私が他に思いつくのは、大好きなドラマ『フルハウス』のジョーイ役のデイブ・クーリエくらい?
ロビンの人柄とか才能豊かさがあふれ出ている作品だろう。
そして、さすがクリス・コロンバスなのか、子役を使うことにも長けていると考えられる子役たちの演技であった。
子役たちが「ミセス・ダウト=父親ダニエル」と気付くシーンのセリフや動きは笑える。

「ただ子供たちと一緒にいたい」という一直線な想いから生じる誤解や矛盾やてんやわんやが正体を知っている観客からすれば笑えるのではないだろうか。


おわりに
最後まで読んで頂いてありがとうございます。
とても素敵な映画だと思うので、家族でも楽しめるし、独り身でも楽しめるおススメの作品だと思う。
もちろん、「家族」に対する価値観は各人に異なるので、この「ミセス・ダウト」という人物、そして「ミセス・ダウト」を演じるという手段、ミランダの振る舞い方、ミランダのとった選択に対してそれぞれの意見があるだろう。
やはり、ロビンという俳優のすごさを感じる作品だろう。
今度は、いつこの映画を観て、そしてどのような感想を抱くことになるのだろうか???
もしも「夫」や「父親」になったときに本作を観れば、また異なる感想になるだろう。
楽しみでならない。
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コメント

役割
すばらしい記事をありがとうございます。非常に考えさせられました。この映画、とっても昔に観て、内容もうろ覚えだったのですが、それでも、突き刺さるものがありました。

私は、夫にとっては妻であり、子供にとっては母という「役割」の中に生きています。でも、それは、自分の中の一つの顔であり、それがすべてではないのです。自分の個性は消せないし、その個性の中で、妻や母をやっています。
何が素晴らしいかは人それぞれ違うので、自分にとってのベストな妻像、母像が、夫や子供にとっては違うかもしれない。だから、自分なりでいい、と思っています。
子供だってそうで、子供なりの個性でいいと思っています。
ということで、アタシも家族の形態は、どんな形であっても良いと思います。お互いを尊重し、大事に思って愛せば、それがもし、離れて暮らすとか、そんな結論を出すとしても、良いと思います。

「夫」や「父親」になったときの感想、本当に楽しみですね。「きたあかり」にも書いたことがあったんですが、自分も、若い頃に持った感想と、今の感想がかなり違うことがあり、面白いです。

ちょい若おやじさんが「夫」や「父親」になったときの感想をお聞きしたいものです。←すごく近い将来だったりして。
Re: 役割
レインボウさんコメントありがとうございます。
記事内容まで褒めていただき光栄です。

本作で、妻ミランダと夫ダニエルとの間にその「役割」にズレがあることは当然なのでしょう。
それに相対したときにどう行動し、どう話し合うのかということが尚更、子供の身の振り方にとっては必要なことに感じます。

「個性」というのは、なかなか難しいものだとも思っています。
レインボウさんの意見に共感するのですが、それを子供がどう思っているのかが気になります。
もちろん、レインボウさんは色々経験した上で、上のことをおっしゃっていると思いますし、だからこそ説得力があるのですが、思春期のころの子供はそれをどう捉えるのでしょうか???

「個性」を獲得するにあたって当然のことながら、他人との相対化が生じているのだと思います。それに対して、子供側は、もしかしたら「絶対的な個性」が存在していると感じてしまっているのならば、時として、親との相似を感じずにはいられない瞬間に自覚的になるが故に反発する、ということがおきるのかな?なんて思いました。
あ、これは単に思ったことです。

本当に、時や状況で感想が変わるところが映画を好きな所以です。
さて、「夫」「父親」一体いつになることやら???
レインボウさんのおっしゃるように、すごく近い将来だったりして…笑
あるいは来なかったりして…笑

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