ちょい若おやじの映画と読書の記録

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"Words can't describe how it feels flying through an aurora. I wouldn't even know where to begin..."

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映画レビュー#24 最高のともだち [洋ドラマ]

2014.09.07 (Sun)

最高のともだち [DVD]最高のともだち [DVD]
(2009/10/23)
デビッド・ドゥカブニー、ロビン・ウィリアムズ 他

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[説明]
公開:2004年5月7日(アメリカ) *日本:劇場未公開(DVDスルーのみ)
上映時間:96分
原題:House of D
監督:デイヴィッド・ドゥカヴニー David Duchovny (初監督作品)
脚本:デイヴィッド・ドゥカヴニー David Duchovny
出演:
デイヴィッド・ドゥカヴニー David Duchovny ― トム・ウォーショウ Tom Warshaw
アントン・イェルチン Anton Yelchin ― トム・ウォーショウ Tom Warshaw (少年期)
ロビン・ウィリアムズ Robin Williams ― パパス Pappas
ティア・レオーニ Téa Leoni ― トムの母
エリカ・バドゥ Erykah Badu ― レディ/バーナデッド Lady / Bernadette
ゼルダ・ウィリアムズ Zelda Williams ― メリッサ Melissa
音楽:ジェフ・ザネリ Geoff Zanelli

出典:エンドクレジット、wikipedia 最高のともだち , House of D
[あらまし]
―現在・パリ―
トム・ウォーショウ(以下、トミー)は、(別居or離婚)13歳になる息子のもとへ、少し遅れたバースデイプレゼントを渡しに行く。そこでトミーは自分の過去について初めて妻に全てを語ることとなる…
―1973年・ニューヨーク―
後2週間で13歳の誕生日を控えたトミーは親友のパパスと共に、肉屋の配達のバイトをしていた。パパスは当時で言うところの“遅進者”(精神的に子供のまま、と説明しておく。)であった。でも、そんなことはおかまいなし。トミーもパパスも年齢なんて気にせず、時にはパパスの見た目を利用してR指定の映画を観たり、いたずら「悪童」の2人であった。
トミーの父親は1年前に亡くなり、その夫の死を境に精神的に不安定となった母親とトミーは暮らしていた。トミーの不安は、母が鎮静剤を飲みすぎないように、そしてそんな母親を少しでも元気づけようと、彼なりにふるまっていた。一方、パパスの母親は自動車事故で亡くなっており、飲んだくれの父親とパパスは暮らしていた。
そんな2人の夢は、アルバイトをして貯めたお金で憧れの自転車を買うことであった。2人はいつも貯めたお金を、女性刑務所の下に隠していた。トミーは、その女性刑務所に服役している、通称“レディ”とは手鏡ごしで会話をするようになった。トミーには彼女の姿は見えないが、学校のこと、好きな女の子のこと、ダンスパーティでの踊り方など、母親や友達、パパスには語りづらいことを聞いてくれる相談役となっていた。
楽しい時間は変わらない…。
そんな気持ちとは裏腹に、トミーはオトナの階段を上るようになっていく…。

アメリカのSFドラマ『X-File』でお馴染みのデヴィッド・ドゥカブニーによる初監督・初脚本作品。
『ターミネーター4』で少年時代のカイルを演じたアントン・イェルチンが多感な時期のトミーを演じる。
そして、「心は子供、見た目はおやじ」を演じるのは、御存知ロビン・ウィリアムズ。
日本劇場未公開作品としてはもったいない、ハートフルストーリー。
(文責・管理人)

[レビュー]
勝手にはじめた、ロビン作品回顧シリーズ第5弾。
ちなみに、
第1弾「映画レビュー#13 フック
第2弾「映画レビュー#15 レナードの朝
第3弾「映画レビュー#16 ジャック
第4弾「映画レビュー#22 ストーカー

本作は実にいい、実にシンプルでいてかつ、登場人物が重厚に織りなす人間関係がいい。
主人公のトミーが、別居中or離婚中の妻のもとへ、息子の誕生日プレゼントの絵を贈りにくるところから物語は始まる。
プレゼントの絵とは、3人が自転車に乗って、ニューヨークからパリへと飛んでくるパラパラ漫画である。
ニューヨークからパリに渡ってきた13歳の少年トミーが妻にも語らなかった過去を語る形式で物語は進んでいく。

そういうわけで、今回のレビュー構成は、

①オトナの階段を上るトミー
②トミーとオトナの階段を上ることのかなわないパパス
③トミーと女囚人レディ
④原題 House of D のちょい若おやじ風解釈
⑤心の琴線に触れた演出

の5点について順を追って感想を書いていくこととする。
例によって、それぞれへのオーバーラップは避けられないかもしれないが…。


オトナの階段を上るトミー
13歳のときにパリへとやってきて、デザイナーとしての仕事をしているトミーには、妻と息子がいるわけだが、なぜ彼らは別居中なのだろうか。それは、トミーが妻にも語ってこなかった過去、つまり少年時代からオトナの階段を上り始めたころのニューヨークでの過去にあった。その過去を置き去りにしてきているがために、家族にも、そして自分自身にも「本当の自分」を閉じ込めたままであったためである。
そんな彼の少年時代、正確には「13歳まで後2週間」の「2週間」の間に起きた「変化」が本作では主に描かれる構成になっている。

トミーとはどのような人物だったのか。
トミーの父親は1年前に亡くなっており、それをきっかけに精神的に不安定な母親とトミーは暮らしていた。
気さくな性格で友達も多く、“遅進者”であるパパスが親友であり、精神的に不安定な母親を支えようとするような優しい少年であった。
パパスと一緒にバイト中もふざけたり、母親におどけた姿を見せたり、目標は「自転車購入」などまだまだ「少年」な姿が冒頭では描かれている。
そんな彼が、思春期の代名詞とも言ってもいい(?)、初恋を経験するのである。
好きな女子のことを、思わずイキがって、「あいつペチャパイだろ?」と陰口を叩いてしまったり、それがバレて、女子軍団に「チビタマ」とからかわれて本気で落ち込んだり、色々あってデートしたり、ダンスパーテーに行ったり、初キスを経験したり、ととにかくシンプルに(?)、「オトナの階段」を上り始めるのである。

トミーとパパスについて
そんなトミーとは対照的なのが“遅進者”であるパパスの存在である。
「見た目はおやじ」であるパパスは学校の用務員として、トミーをはじめ、他の同級生連中と一緒に楽しい「子ども時代」を過ごしている。何より、一緒に貯めたお金で自転車を買うことを目標にバイトをするなど、トミーのことを親友だと思っている。それは当然、トミーも同じ。
しかし、トミーは1人、パパスを置いて彼の行けないところへと1段上り始めるのである。
「オトナ」になるということ、それはパパスにとってはかなわないことであった。
自分からトミーが離れていくことに内心気づき、焦りやら悲しさやら寂しさやらを感じるようになる。
例えば、トミーと友人たちが「女の子のことを好きかどうかトーク」をしているときに、しきりに「トミーは女嫌い」と言ってみたり、トミーが好きな女子であるメリッサとお話ししている間をしきりに邪魔してみたり、と表現されている。
そして、遂にパパスは、2人で購入を目標としていた自転車を盗み、2人で貯めていたお金を川へ捨てるのである。

 誰にも言わなければ、願いは叶う
 トミーがオトナにならないように…


トミーの変化を止めようとするパパスであったが、このことがきっかけになって物語は大きく変わり始める。
パパスは「自転車泥棒」がバレて学校をクビになってしまう。
後述するが、女囚人の言葉によって、パパスが自分を引き留めたかったために泥棒をしたことを感じるようになったトミーは、途方に暮れるパパスの身代わりとなって、学校側に自首する。
そしてここからが、かなりのミソなのだが、身代わりになったことを学校長がパパスに告げると、今度はパパスが「彼のために自分がやった」と言うのである。
「彼のために」
その裏側を知らない校長からすれば、当然、「パパスが主犯トミーのために、泥棒をした。そしてトミーは遅進者であることを利用してパパスを使った。」みたいな認識をされてしまう。当然、狙っていた奨学金はパアになる。
それでもトミーは校長に「僕のためにやらせました」と言うのである。
当然、トミーが単なるイキがり野郎を示すセリフではないと思っている。
当然奨学金がパアになってしまって、母親を悲しませることになることがわかっていないトミーではない。
弁解するということは、“遅進者”のパパスにとっては「僕のために」ということを否定されているように捉えてしまうことにつながるのではないだろうか。
とにかく、色々な感情を呑み込んで、弁解をしなかったのである。
もしかしたら、これはトミーの言うところの「心に鍵をかけた」状態のきっかけ、覚悟だったのかもしれない。

いずれにしても、これをきっかけに、母親は鎮静剤を飲みすぎて、植物状態になってしまう。そして、見ず知らずの親戚が後見人として母との思い出の家の中に上がりこんでくるのである。
後述するが、レディからの熱い激励もあって、遂にトミーは覚悟を決めるのである。
母親の生命補助装置の電源を抜き、肉屋の常連で頭がボケた老婦人からお金をだまし取り、単身フランスへと飛び立つのである。
「老婦人からお金をだまし取る」というシーンは必見。単なる「だまし取る」ではないのである。
老婦人はトミーのことを自分のもとを去った息子と勘違いしてお金を渡してくるのであるが、老婦人からの「ママのことを愛している?」というセリフに対してトミーは「愛しているよ」と言ってキスをするのである。
この「愛している」には、植物状態となった母親への離別の意味を含んでいるようで、そして老婦人への気遣いも含んでいるようなセリフであると感じた。「倫理的」に賛否両論あるかもしれないが…。
尚、「フランスへ」というのは単純に肉屋の上司がフランス女であり、フランス女への憧れからきたものかもしれない。

それはさておき、当然子供1人では国外への航空チケットなどは買うことができない。そのためトミーはパパスに「もう1度だけ、おやじのふりをしてくれ」とパパスを保護者として空港まで連れて行く。
もちろんパパスは「トミーとはもう2度と会えないのでは?」という感覚を抱きながらも、トミーのために迫真の演技で、航空チケットを手に入れる。
パパスは別れ際に

 トミー、必ず良い行いをすると約束してくれ

とトミーを送り出すのである。

そして、現在。
全てを聞いた妻はトミーに、

 言葉だけではだめ
 未来のために、過去に戻らなくちゃ


と説得され、トミーは「鍵をしめた心の扉を開くために」ニューヨークを訪れるのである。
そこで、年老いたパパスと再会するのであるが、パパスは自分のことに気付くそぶりを見せない。
「あれ?」
と思いながらも、トミーはパパスと自分だけが知っているような内容の会話を投げかけるが、パパスはトミーであると気付く素振りを見せない。
このシーンは本当にいい。
というか、ここはかなり不意打ちをくらって、完全に号泣した。
パパスはもちろん、トミーのことを覚えていたのである。
その見せ方が非常にいい。これについては後述する予定。

パパスが"Cancer"について語る場面がある。

 Cancer(癌)は好きだ
 パパが癌になった後は、僕にとても優しくなったんだ
 癌はパパの悪いところだけを食べてくれたんだ
 でも、Cancer(カニ)は嫌いだ
 カニは生まれる前の僕の脳みそを食べちゃったんだ

パパスはパパスなりに、この年月の中で思うところは多かったようだ。
普通ならば、癌などと聞くと負のイメージしかわかないと思うのだが、パパスにとっては、呑んだくれでパパスをけなすような父親が死の間際に自分のことを愛してくれたことが何よりであったのだ。
ダジャレと言っていいのかわからないが、掛詞(?)というか、ちょっと興味深い。

トミーと女囚人レディとの関係性
「女囚人」
これがまた絶妙な相手なのである。
トミーからすれば、顔も見えないし、本名も知らないからこそ、心の悩みを打ち明けることのできる唯一の存在となるのである。
では、なぜレディは見知らぬ少年の話相手となったのだろうか?
暇つぶしだったのだろうか?
もちろん、違う。
牢獄内には、2,3枚の写真が貼ってあるのである。その写真にはすべて、13歳くらいの男の子が写っている。
レディにとってのトミーは、会えない息子のようなポジションになっていくのである。
好きな女の子との付き合い方、ダンスの仕方などトミーの思春期の悩みを聞いて、何度もトミーを元気づける。

パパスがなぜ自転車を盗んだのかについて諭したのもレディである。

 あんたのために盗んだのさ
 あんたはパパスが行けないところに行こうとしている
 パパスはあんたを自分のところに引き留めるために、盗んだのさ


そして、パパスの代わりに罪をかぶり、母親が植物状態となり、乱心気味でやってくるトミーはレディに対して「自分の人生をめちゃくちゃにした相手の名前を知りたい」と会いに来る。
それに対してレディは、

 私はあんたの母親にはなれないの
 私は、寝ている夫の首を絞めて殺した女さ
 外に出たらまた人を殺すよ
 あんたは、自由だ
 走れトミー、どこへでも走れ!


と叱咤激励するのである。

そして、フランスから帰ってきたトミーは、レディに一目会おうとレディの足取りを探すのであるが、そこである事実を知る。
実は、レディのいた刑務所には凶悪犯などは服役しておらず、レディが言ったことは自分を突き放すための嘘であったのだ。
そして、刑期を終えたレディの住む自宅へとプレゼントを渡しにいくトミーであったが、最初は自分の前に姿を現さない。
元気にしていること、家族がいること、レディの本名(一度だけ叫んだだけ)の一部を息子の名前に充てたことを扉越しに語るトミー。
そしてついにレディは窓から顔を出してトミーをひきとめるのである。
ここで語られるレディのセリフはいい。

 あんたがフランスに行ったのは、お母さんの墓前に立つためだったのよ。

トミーにとっては、延命装置を切ったということで「母親を殺してしまった」という感情がずっとあったのだろう。
このセリフをレディが言うところに意味があるのである。
全てを打ち明けていたレディだからこそ、レディにしか語っていなかったからこそ、どこか母親をレディに感じていたからこそ、はじめて「許された」気持ちになれたのではないだろうか。
ここもまた号泣ポイントだったのだが、何のためにトミーがパリへと旅立ったのかを語るレディと、それを聞いて安堵の表情をするトミーに注目だろう。


原題 House of D についての勝手な解釈
"House of D"の"D"とは"Detention"の略であり、「拘置所」という訳語になるらしい。
これは、物語の最後で、レディのいた女性刑務所の跡地をパパスが案内する際に、「ここが例の"House of D"だよ」と語られているので間違いなかろう。
この女性刑務所を中心に心の変化が描かれているので、この原題になっているのであろう。
ただ、ここからは勝手な解釈を少し。
"D"は単なる"Detention"=「拘置所」なのだろうか。
weblio英和辞典によると、

 1引き止め,阻止
 2拘留,留置,拘禁,放課後の留め置き


とのことである。
どうしても「引き止め」が目についてしまう。
パパスがオトナの階段を上ろうとしているトミーを「引き止め」ようとしたこともまた何か掛かっているような気がしてならない。
とにかく、この女性刑務所での出来事を中心にトミーの心の変化、トミーとパパスの関係性、トミーとレディの関係性が描かれているため、やはり本作は原題のほうがしっくりくるのではないだろうか。
ただ、邦題の「最高のともだち」についても的を射ているようにも思う。
「ともだち」という対象が「トミーとパパス」に偏りすぎているようなDVDジャケットではあるが、包括的に「ともだち」を広げてみると、割と本作の流れを表しているようにも思う。
ただ、あのジャケットはどう考えても「ともだち」=「トミーとパパス」ではあるが…。


心の琴線にふれた演出
まず設定として、学校の教科書レベルの知識で物を言うならば、フロイトの「マージナルマン(境界人)」を描いたドラマである。ただ、本作の場合、それがすべて「境界人」からの視点だけではないところが、物語を重厚にしているのではないだろうか。映画『ジャック』でもそうだが、ロビン演じるパパスという「遅進者」の存在、服役している女囚人レディという存在が絡み合ってくることで、単なる「境界人」映画ではないような感がある。
これは、管理人の視点がいつもこの点に注目しやすいためかもしれない。
映画『スタンド・バイ・ミー』を見ていた時も、キーファー・サザーランド演じる兄貴集団の方が目にかかったものであった。
一方的な視点に偏るばかりではなく、複数の視点を用意すること、そしてそれらが絶妙に絡み合ってくるような設定であると、本作からは感じた。

次に、カメラの使い方について少しだけ。
いつも書いていることだが、そんなに詳しくないので、玄人からは当たり前だと思われるかもしれないが、全体を通して、役者さんの表情を描き出すことが巧みであったように思う。
それはとくに名優ロビンのシーンなどで感じられた。
そして、フランスから戻ったトミーがパパスに会いに行ったシーンのカメラワークはかなりお気に入り。
カメラの枠外の出来事が想起されるような演出は大好きである。
カメラの枠内だけが、実際には映し出される映像であるのだが、映画本編を通して自分の中に作り出してきた登場人物のイメージなどが、枠外でも踊りだす感覚になれた映画は、管理人にとってはかなり好きな映画の1つに入ってくる。


おわりに
やっぱり、ロビン・ウィリアムズはすごい。
設定的には『ジャック』のイメージに近いが、今回のはまた異なる。
『ジャック』とは違って、彼自身は精神的には「オトナ」になることはない、という役柄を見事に演じていたのではないだろうか。
それは彼の屈託のない笑顔や悔しそうな顔、独り考え込む顔、そして背中…、それらが語っているように思う。
やっぱり素晴らしい役者さんは顔面や背中、声で演技する上に、更には枠外でも存在感があるんだなあ。

それから、個人的にはデヴィッド・ドゥカヴニーの見せる男泣きの表情にも魅かれるものがあった。
役者さんたちがそれぞれに持ち味を出しているし、そうさせるような内容になっていると思う。
恐らく、ロビン出演物としてはマイナーなほうに入るのかもしれないが、結構おススメの作品。

追記
本作については、19歳のころに管理人が書いた本作の感想文が手元にあるので、いつか折を見て、
「管理人19歳シリーズ(仮)」として、書いてみようかな、と検討中の1つ。
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コメント

管理人19歳シリーズ
今日これ、観ました。
レディがトミーを突き放すところ、自分の足で立て、自立しろと叱咤激励するところ、泣きました。(鬼の目にも涙)

複数の視点の絡み合い、同感です。
パパスの思い、レディの思い、ママの思い、トミーの思い、人と人、重厚で複雑な関係、そんな中を人は生きていくんですね・・・。


管理人19歳シリーズ、期待しています。

Re: 管理人19歳シリーズ
レインボウさん、コメントありがとうございます。
この映画、私かなり好きなんですよー。
ロビンだったので、もしかしたらレインボウさんはイマイチかと思っていたのですが、
鬼の目にも涙でしたか。笑

本作は、視点が複数であって、ロビンがメインの映画ではないから、尚更いいのだと思います。
ロビン節に頼ると、アメリカンジョーク多発になってしまい、ロビンを好きか嫌いかで映画の評価が分かれてしまうかと思います。
ですが、本作はいい意味でバラついた視点が用意されていて、色々な感想を抱かせるのだと思います。

デヴィッド・ドゥカブニーはこれが初監督・初脚本だそうですが、よくできた映画だと思います。

> 管理人19歳シリーズ、期待しています。

どこかのタイミングでやりましょう!
かなり19歳はとんがってましたが、ありのままの文章を書いてみようと思います。笑

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