ちょい若おやじの映画と読書の記録

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"Words can't describe how it feels flying through an aurora. I wouldn't even know where to begin..."

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映画レビュー#23 鑑定士と顔のない依頼人 [洋ミステリー]

2014.09.03 (Wed)

鑑定士と顔のない依頼人 [DVD]鑑定士と顔のない依頼人 [DVD]
(2014/08/02)
ジェフリー・ラッシュ、ジム・スタージェス 他

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[説明]
公開:2013年1月1日(イタリア) *日本公開:2013年12月13日
上映時間:124分
原題:La migliore offerta *英語タイトル:The Best Offer
監督:ジュゼッペ・トルナトーレ Giuseppe Tornatore
脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ Giuseppe Tornatore
出演:
ジェフリー・ラッシュ Geoffrey Rush ― ヴァージル・オールドマン Virgil Oldman
ジム・スタージェス Jim Sturgess ― ロバート Robert
シルヴィア・フークス Sylvia Hoeks ― クレア・イベットソン Claire Ibbetson
ドナルド・サザーランド Donald Sutherland ― ビリー・ホイッスラー Billy Whistler
フィリップ・ジャクソン Philip Jackson ― フレッド Fred
リヤ・ケベデ Liya Kebede ― サラ Sarah
キルナ・スタメル Kiruna Stamell ― バーの女 Girl in the Bar (エンドクレジット表記)
音楽:エンニオ・モリコーネ Ennio Morricone
製作会社:Paco Cinematografica

出典:エンドクレジット、wikipedia 鑑定士と顔のない依頼人 , The Best Offer

日本版公式HP 映画『鑑定士と顔のない依頼人』公式サイト (GAGA)
[あらまし]
目利きの鑑定士であるヴァージル・オールドマンは、オークションの運営者でありその司会者として、その業界でかなり高位な地位を築いてきた。そして、長年の共犯者である売れない画家であるビリーと結託して、ヴァ―ジルが欲しいものをこっそり入手しては隠し部屋に飾っては、それらに囲まれる日々を過ごしていた。その共犯時の暗号のようなサインとは、オークション時に「これは最良の品物です。 The Best Offer」と司会者であるヴァ―ジルが最初に告げるというものであった。そんなヴァ―ジルは、いつも手袋をしていたり、電話を握るときはハンカチをかましたりと、潔癖症ぎみであり、そして他者との関係を築くことには得意としてこなかった。とりわけ、女性に対しては・・・。
そんなある日、彼の元にクレア・イベットソンと名乗る若い女性から出品及びその査定の電話依頼が舞い込む。ヴァ―ジルはいつもなら、見ず知らぬの相手と直接の交渉はしないのだが、クレアが「どうしても」ということで遂に彼女の自宅へと足を運んだ。しかしながら、約束の時間に彼女は現れないばかりか、その後嫌々ながらも度々会う約束をさせられても、彼女は一向に現れない。クレアは1年前に両親を亡くし、その遺品である大量の美術品を売るつもりでヴァ―ジルに依頼してきたのだが、クレアには「広場恐怖症」という外に出られないという精神的な病気を抱えていたのであった。
なんだかんだと、クレアの顔を見ないまま、出品の査定が進んでいくこととなったのだが、ヴァージルはその地下室で、何かの骨董品の一部と思われる錆びついた歯車を発見する。そして、クレア宅に足を運ぶたびに置いてある歯車たちを集めて、美術品の修理を依頼してきた信頼できる男、ロバートにその歯車を見せたところ、どうやらその歯車は、18世紀のカラクリ師が作った精巧な「おしゃべり人形」であることがわかる。
当初、その人形のパーツを完成させることを目的に、「無礼な態度」のクレアと仕事をすることとしていたが、次第に「好奇心」からクレア自身への興味を抱いていくようになる。そして、次第にその感情は「愛」であるとヴァ―ジルは自覚していくようになっていくのだったが・・・。

『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989年)の名匠ジュゼッペ・トルナトーレと音楽担当エンニオ・モリコーネがタッグを組んだ作品。そして映画『シャイン』(1996年)でオスカーを獲得し、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのキャプテン・バルボッサでも知られるジェフリー・ラッシュが偏屈な鑑定士ヴァージルを演じる。そして『クラウド・アトラス』(2012年、トム・ハンクス主役)などに出演している若手俳優のジム・スタージェス、TVドラマ『24』シリーズや『スタンド・バイ・ミー』(1986年)で知られるキーファー・サザーランドの実父ドナルド・サザーランドらが脇を固める。
あの『ニュー・シネマ・パラダイス』監督が描く恋愛・ミステリーとは・・・?
(文責・管理人)

[レビュー]
最初に、本作のことを知るきっかけとなり、そして本作を鑑賞するきっかけとなったブログを紹介させていただく。
そのブログとは同じfc2ブログで運営されている方々で、いずれもとても端的であり、そして「ああ、観てみたいなあ」と思うような内容であり、今回の鑑賞の動機がそれらの記事にあるため、最初に紹介させていただく。
尚、紹介順は、管理人が該当する記事を見た順番(早いもの順)のままにした。

管理人:映画カッパさん「映画的日記」、該当記事「鑑定士と顔のない依頼人
管理人:つかりこさん「ゆらゆら草」、
     該当記事「名匠のエスプリがキラッ! ~ 『鑑定士と顔のない依頼人』
管理人:スパイクロッドさん「偏愛映画自由帳」、
     該当記事「『鑑定士と顔のない依頼人』 ~童貞をこじらすとロクなことがない~

おそらく、管理人ちょい若おやじの本作に対する記事は散らかるはずなので、ぜひ上のリンク先に足を運んでいただいた方がしっくりくるだろう。

『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989年)は管理人が好きな映画の1つ。
はじめて観たのが19歳のころだったが、美しい背景や脚本、そして音楽の美しさに感動した思い出がある。
そんなジュゼッペ・トルナトーレ監督と音楽担当のエンニオ・モリコーネということでまず興味をひかれたのである。
更に、『シャイン』でそのどこか強面でありながら、優しげなジェフリー・ラッシュが主役ということ、『クラウド・アトラス』で知ったジム・スタージェスが脇で出ているということも興味をひかれた。

さて、本作のレビューに対して、率直に、うまくまとまる自信がない。
エンドクレジットが流れているときに「ああ、2回3回は見ないと伏線も何も見落としてそうだなあ」と感じた次第である。
ミステリーであるのと、最後のオチが管理人には少し難解であったこともあり、今回のレビューは間違った解釈を多分に含む可能性があるだろう。
それでも、再び鑑賞したときに、この記事に戻ってくることに意味があると思うので、内容の解釈にも挑戦してみることとする。

従って、今回のレビュー構成は、

①セリフ「いかなる贋作の中にも必ず本物が潜む」について
②踊り子の絵と画家ビリー
③セリフ「(歯車は人間と同じように)長年組み合わさっていると、相手の形状に似てくる」
④原題「The Best Offer」とは何だったのか
⑤映像や音楽について

この5点を考慮しつつ、管理人の疑問を書き残していきたい。
なお、ミステリーとしての本作で言うならばネタバレを避けたいところだが、それをせずにレビューは全く書けそうもないので、最初からあきらめておく。
どうしてもこのレビューを見たくない方はここまで

いかなる贋作の中にも必ず本物が潜む

これは最後の完成したからくり人形が発する言葉として記憶に残っている。
このセリフ自体は、ヴァ―ジルとロバートの2人が工房でおしゃべりしていたシーンで、蓄音機に録音していた言葉がそのまま使われている。からくり人形の土台に「小人」が入っていたと予想していた2人であったが、ここでは蓄音機というからくりによって音が伝達されていた。
さて、このセリフ、
 
 いかなる贋作の中にも必ず本物が潜む

これが、本作の軸にあるのではないだろうか。
この「偽物」「本物」という表現はヴァ―ジルとビリーの会話の中にも見受けられる。
結局、この「偽物」の中の「本物」の線引きがどこにあるのかが管理人の頭を悩ませた。
ヴァ―ジルの「クレア」に対する愛、「クレア」のヴァ―ジルへの愛、ヴァ―ジルとロバートの友情、ヴァ―ジルとビリーの友情、からくり人形の中の本物さなどなど・・・。
簡単に、「すべて嘘だったのさ、2時間の映画を使って、最後に騙された男を見せたかったのさ」という解釈もありかと思うが、管理人としては、その「偽物」「嘘」の中に確かにあったであろう「本物」という点に興味が魅かれてしまう。

最終的にヴァ―ジルは全て自分が騙されていたと理解する。それは、無くなった絵画たち、消えたクレアたち、ロバート作のGPS発信機の発見、踊り子の絵画の裏のビリーの書置きなどなど・・・。
それでも、ヴァ―ジルが精神科で崩壊しているシーンで終わらなかったのである。最後にシーンはプラハ。
プラハとは、クレアが語った過去の思い出の町であり、そこには「ナイト&デイ」というレストランがあるはずの町。
そしてそこには、あろうことか自分をだまし、そして気付かなかった踊り子の絵画のみを手にプラハへと移住(?)しにくるのである。
結局、レストラン「ナイト&デイ」は確かにあったのである。ここで物語は終わるのである。
つまり、数々の「偽物」があったことは理解しておきながらも、その「贋作の中に潜む本物」というものを信じてプラハにやってきたのではないだろうか?
ヴァ―ジルにとっての記憶の中には確かに「クレアを愛した記憶」「ロバートとの友情の記憶」「ビリーとの友情の記憶」があったのではなかろうか?
特に、プラハへと向かう電車の中で何をしようとしても頭の中に浮かぶ「クレアとのセックス」が「すばらしい記憶」として焼き付いている。

ただし、問題はここから。
ヴァ―ジル側からの本物認識は何となくわかったつもりでいるのだが、逆に、クレア、ロバート、ビリーの本物認識はどこまでだったのか?これがわからないのである。
本物のクレアによると、偽クレアは「広場恐怖症」ではなかったようだ。しかしながら、彼女が見せたものは全て演技だったということか?本物クレアによると、偽クレアとして振る舞い出したのは2年前。2年前に「何でも作ってくれる青年」と出会ったという話から、2年前からヴァ―ジル騙しの準備が始まっていたのではないだろうか。
この2年という月日、そして何より、ヴァ―ジルの前で見せる「広場恐怖症」としての振る舞いからして、彼女たちを突き動かした動機というものが一体なんだったのか?
金なのだろうか?
金がすべてであるとしたら、偽クレア、ロバート、ビリー、使用人が詐欺集団ということになるのかもしれないが、その割には4人の動機が共通して金にあったとも思えない。
何が狙いで、その狙いは達成されたのかが疑問として残ってしまった。

いずれにしても、管理人にとっては、物語のラスト付近まで描かれていた「ヴァ―ジルとクレアの愛」には「本物」が潜んでいたように感じた。
「贋作に潜む本物」をどう見出したのかは鑑賞者によって異なるだろうし、その正解というものが何なのかはわからない。
個人的には、やはりからくり人形という存在が気になる。
「人形」を扱った映画は様々だが、本作の人形から感じたのは、妙にリアルであるということ。
つまり、あの人形のコンセプトも「人の声がして、自動で動いて、顔面の目玉はリアルで・・・」と人間に近いような、人間の創造が目的であるように感じた。それでいながら、本物の追及のあまりか「人形は必ず正解を言った」という過去の逸話を聞くと、「必ず正解を言える人間などいない、そんなものは人間ではない」という思いになる。
つまり、人形がより人間を目指した結果人間からより遠ざかった存在を表しているように感じてしまった。
人形という存在が気にかかった人はどんな感想を抱くのだろうか???

踊り子の絵画とビリー
これがまた謎なのである。
偽クレアによるとこの絵は「自分と同じ年齢のころの母親」らしいが、この絵をビリーが書いたものであるとわかった今では「偽クレアの絵」であるという認識をもっている。
それであるならば、この「踊り子の絵画」の意図はどこにあるのだろうか?
とりあえず、物語冒頭でヴァ―ジルとビリーの会話から、ヴァ―ジルがビリーを画家としてどう思っているかが語られている。ビリーが「自分のことを一度も画家としては認めなかった」と言うセリフに対してヴァ―ジルが語る。
 
 君には“内なる神秘性”が欠けている。

そして、最後のオークションを成功させたヴァ―ジルに対してビリーはこう語るのである。

 君が俺を信じてくれたら、俺は偉大な画家になれただろうに。
 君に絵を1枚送っておいたよ。


そうして送られていた絵というものがまさに「踊り子の絵画」であったというわけである。
ここから、何を伝えたいのだろうか?
ビリーがこのヴァ―ジル騙しに加担しているならば、その動機は「自分を画家として認めてくれるか」というところにあるのだろうか。もし、ヴァ―ジルがあの絵画が「すばらしいもの」であると認識していたとしたら・・・?
おそらく、自分の手持ちにするか、無理してでも売りにださせただろう。
それをヴァ―ジルがしていたとしたら、裏面のビリーの文面に気付いて、「あれ?」となっていたのであろうか?

ますます泥沼にはまりそうである・・・。
でも、この「踊り子の絵画とビリー」との関係性はおそらくこの映画の肝の1つであるようにも感じるので、この点は次回への課題として。

「(歯車は人間と同じように)長年組み合わさっていると、相手の形状に似てくる」
このセリフもまた軸になることなのではないだろうか?
天涯孤独で独り身であるようなヴァ―ジルと偽クレア(このセリフの時点では本物と思っていたから・・・)の愛が動き出したことを表しているセリフであるように思える。
それ以外の意味がまだわからないのが本音。
それでもこれは何か深い意味がありそうな気がするのだが・・・???
これも次回の課題としよう。

原題 The Best Offer とは何だったのか?
日本語字幕では「最良の出品物」などと訳されていた。
何が「最良の出品物」であったのだろうか?
ヴァ―ジルはずっと「最良の出品物」=「女性の肖像画」であった。それが、「クレア」との出会いとその日々から「最良の出品物」=「クレア」へと変わっていたように思える。しかしながら、それを信じようとしはじめた矢先に、絵画をすべて奪われてしまうのである。
これもやはり最初の「贋作の中に潜む本物」と関わってくると思う。
彼にとっては、この感情には嘘偽りはなかったのである。

ただ「offer」ということはつまり、「提供品」であったり、字幕訳の「品物」であったりするわけだが、この単語には必ず「誰から誰に」という2人以上の人の存在がなくてはならない。
では、本作においては「誰からヴァ―ジルへ」の「offer」であったのかによってもまた色々解釈は異なるだろう。
難しい・・・。

映像や音楽について
美しい美術セットの数々、ロケーション、音楽などはやはり口当たりのいいものであったし、そこはジュゼッペ・トルナトーレ、エンニオ・モリコーネの作り出す空気感は居心地がよかった。
そして、俳優たちの雰囲気も映画に合っていたように感じるし、124分という時間は長くは感じなかった。最初、同じようなシーンが続いていたし、その予感があっただけに「あれ?これは途中ダレそうだぞ」という感覚をもったのだが、実際のところは、そのようなことにはならなかった。
そしてやはり『ニュー・シネマ・パラダイス』を見返したくなった。
ロバートの工房もよかったし、最後のレストランの時計仕掛けのひき画もすごく機械的でよかった。あの歯車だらけの部屋で、ヴァージルは何を感じるのだろうか?歯車のように、再び人間関係を構築していこうという努力をするのだろうか?などなど・・・。
今、レビューを書きながら、エンドクレジットの音楽をずっと聞いているのだが、ああいうのを「アリア」と言っていいのだろうか?
音楽関係に疎いため、この音楽の良さを伝えられないし、具体的にどの辺がいいのかわかっていないところは残念だが、管理人にとっては肌に合う、心地よい音色である。


最後に、無茶苦茶すぎる文章にお付き合いしていただいた方ありがとうどざいます。
備忘録として、きっとまた観ることになる作品であると感じているので、また新たな見解などがでてくれば、また別個に記事を書くことになるだろう。

まだ本作を観たことのない方、「難しそうで見たくない映画」と思われてしまったかもしれないが、それは管理人の文章力が乏しいためであって、ぜひ見てみてください。実際はもっと肩の力を抜いて観れる映画だとも思うので・・・。
個人的には俳優、監督、音楽併せて一見の価値はあるかと思う。
それにしても、シルヴィア・フークス、好みだったなあ。
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コメント

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Re:
本当にありがとうございます!
駄文だらけで、更に今回はとっ散らかりましたので、尚更、備忘録としてリンクを貼れて幸いでした。
私の「コメント事項」に書いているように、返信用にアドレスをつけてくださってありがとうございます。
メールの方に返信しようかとも思ったのですが、今持っているフリーメールのアドレスがすべて本名のフルネームであることに気づき、何かの時に余計なご配慮をされては申し訳がないので、こちらに返信コメントとさせていただきました・・・。

このように、まだまだ色々と不備の多い人間ですが、今後ともよろしくお願いします!
No title
「いかなる贋作の中にも必ず本物が潜む」。
おっしゃる通り、僕は本作のすべてのことは
このひと言を軸にしているんじゃないかと思います。

言い方を変えると、
「すべての物事は贋作(欺瞞であり虚ろである)である。
でも、その過程やパーツにこそ本物が存在する」。
それは、“真贋を鑑定する必要などない、
すべての物事は真と贋を内包しているのだ“
・・・ということなのでは?

それは、トルナトーレ監督の哲学なのではないかと思うんです。

からくり人形は、人ではなく贋物(からくり)なのです。
でも、歯車やその他部品そのものは実在する本物なのです。

美人の肖像画だって実物ではなく、画家のフィルターを通した形。
でも、美しさという概念は本物。

絵画の贋作だって、贋作だけど描くという過程や技術は本物。

ビリーの絵も、恨みや欺瞞の象徴ではあるけれど、
紛れもない彼が描いた本物。

そして、クレアとの恋も欺瞞だったけれど、
彼女との情事や食事や会話そのものは実際に行なった本物。

つまり、ヴァ―ジルはクレアと、
“欺瞞も本物も含めた恋“ をしたのでしょう。
“恋とは欺瞞も本物も含めたもの、それが本当の恋なのだ“と、
トルナトーレ監督は言っているような気がします。

その考え方は、『ニュー・シネマ・パラダイス』の
ロングバージョンでもうかがわせられます。
僕も、男女の恋愛とは、哲学的にも生物学的にも
そういうものじゃないかと思います。
そう、「The Best Offer」とは、コレクションの肖像画に対する
“クレアとの本当の恋“ のことなのだと思います。

ラストシーンでは、ヴァ―ジルは、
本当の恋の構成要素=欺瞞と本物 のうちの “本物パーツ” のほうが
いつか現れるかもしれない、と希望を持って待っているのだと思います。
だって、あの欺瞞だって欺瞞だったとしたら、本当になるでしょ?

最後の歯車だらけの描写は、“本物パーツ” がこの世に実在することと
いつまた “からくり” を構成するかもしれないという危うさを
表現しているのでは?

長くなりすみませんでした。
〉〉つかりこさん
素晴らしいご意見ありがとうございます!
せっかくなので、1つずつお付き合いくださいませ^^


> 言い方を変えると、
>「すべての物事は贋作(欺瞞であり虚ろである)である。
> でも、その過程やパーツにこそ本物が存在する」。
> それは、“真贋を鑑定する必要などない、
> すべての物事は真と贋を内包しているのだ“
> ・・・ということなのでは?
> それは、トルナトーレ監督の哲学なのではないかと思うんです。

> ラストシーンでは、ヴァ―ジルは、
> 本当の恋の構成要素=欺瞞と本物 のうちの “本物パーツ” のほうが
> いつか現れるかもしれない、と希望を持って待っているのだと思います。
> だって、あの欺瞞だって欺瞞だったとしたら、本当になるでしょ?

なるほど、なるほど。
そうであるならば、鑑定士としてのヴァージルの人生すべての価値観が大きく変わることになりますね。
言われてみれば、彼自身そのことに気づいていたからこそ、最後のシーンにつながっていくのですね。
最後の「本物」の方に希望をもつことになるのですね。
「真と贋が内包している」からこそ、とりわけ本作ではわずかな「真」の部分が引き立っているように感じました。
この辺りがジュゼッペ・トルトナーレの凄さだとも感じます。


> からくり人形は、人ではなく贋物(からくり)なのです。
> でも、歯車やその他部品そのものは実在する本物なのです。

> 美人の肖像画だって実物ではなく、画家のフィルターを通した形。
> でも、美しさという概念は本物。

> 絵画の贋作だって、贋作だけど描くという過程や技術は本物。

> ビリーの絵も、恨みや欺瞞の象徴ではあるけれど、
> 紛れもない彼が描いた本物。

> そして、クレアとの恋も欺瞞だったけれど、
> 彼女との情事や食事や会話そのものは実際に行なった本物。

おっしゃる通り、人形のパーツも画家のフィルターを通した美しさもクレアとの営みも現実にあった本物ですね。そう考えると、「ヴァ―ジルは全てをだまされ、すべてを失った」のではなく、そもそも、真贋が内包された彼にとっての現実の中で、最後にプラハへと行ったように、その「真」の部分に希望を見出した、というわけでしょうか?
どうしても「人形」に特別な思いがあります。女の子がおままごとに使ったりする姿を考えると、それは疑似体験でありながら、同時に、いずれ「人間」を育てていくことのリアル体験でもあるように思えます。
それもまさに、「真と贋が内包されている」体験でもあるようで、実に、深い気がして興味が絶えません。

ちょっとキリスト教的世界観の芸術としての「神に代わって人間を創造してみたい」という感覚への興味から、本作の18世紀に制作された人形が気になりすぎていました。
ただやはり、「人形がすべて正解(真)を言った」というセリフが尚更、「真と贋が内包されていない、どんなにリアルにしても、あくまで人形である」といった感覚になっていました。
従って、「人形(贋)はあくまで人形(贋)」という感覚にもなります。

それでもしかし、同時に、つかりこさんの言うように、
「歯車やその他の部品が本物であること」
にあるように、その人形の中にも「真」は確かにあるわけで・・・。
とっても気になります!!!



> つまり、ヴァ―ジルはクレアと、
> “欺瞞も本物も含めた恋“ をしたのでしょう。
> “恋とは欺瞞も本物も含めたもの、それが本当の恋なのだ“と、
> トルナトーレ監督は言っているような気がします。

> その考え方は、『ニュー・シネマ・パラダイス』の
> ロングバージョンでもうかがわせられます。
> 僕も、男女の恋愛とは、哲学的にも生物学的にも
> そういうものじゃないかと思います。
> そう、「The Best Offer」とは、コレクションの肖像画に対する
> “クレアとの本当の恋“ のことなのだと思います。

私も『ニューシネマパラダイス』のロングバージョンを観ました。
『ニューシネマ~』の方でも、彼女が会ってくれなかろうと、窓を開けてくれなかろうと、他の相手と結婚して幸せになろうと、あの時の感情に「嘘」はなかったように感じます。
『鑑定士~』も共通している感覚ですが、主人公が高齢であったこと、初めての体験であったことなどを考えれば、『鑑定士~』の方が、強烈なインパクトを受けました。
そして、同時に、この主人公の設定だったからこそ、「ミステリー」といった手法が最良であったようにも感じました。
観客がヴァージルと同じ目線にたって、疑問をもったり、落胆したりすることに意味があったように感じます。


> 最後の歯車だらけの描写は、“本物パーツ” がこの世に実在することと
> いつまた “からくり” を構成するかもしれないという危うさを
> 表現しているのでは?

うわあ。すごいですね。とっても今うなづきながら、そこまで考えが及ばなかったことにがっかりもしています。更に、このようなブログをはじめたこと、そして、つかりこさんにこうしてコメントをいただけたことこそが私にとっての映画を楽しむことであるように感じました。
自分が何を感じたかが最も大切だと思っていますが、自分の感覚が侵入されていくこともまた愉悦なことでもあります。
「危うさ」
もしかしたら、この感覚が、私がこのエンディングで感じた「おお~~」という私には言葉に置きかえれなかった感覚なのかもしれません。
やっぱりもう2、3回は観たいです。


こちらこそ長くなってすみません。
とても参考になりました!
それだけに、長くなってしまいましたが・・・。
そして、もしかしたら意味不明な文章になっているかもしれません。
それだけ、私にとって本作がより面白いものになったと感じれたということでしょう。

ぜひよろしければ、今後ともコメントお願いします。
プレッシャーなどではありませんので悪しからず、ですwww

やっぱり「いかなる贋作の中にも必ず本物が潜む」んですよね~
リンクありがとうございます!
感想、楽しく拝読させていただきました!
ボクなんかよりもはるかに深く考察なさっておられますよね。
とても参考になりました!

この映画のラストは確かに難解で、ボクの考えは多少違うんです。
あのラストは意図的に時系列が操作されているようにボクには見えました。
本当のラストは精神病院に収容されているヴァージルの姿であり、
プラハでの映像はその前段階にあたるとボクは思っています。
騙されていたことを知り、それでも彼女の姿を追い、
最終的には精神の崩壊へと至る。
そういう結末だったように思います。

「偽物のなかに宿っている真実」
それを信じたいのは主人公だけではなく、
観客も同じなわけです。
彼らの関係に真実の愛があったのかどうか、
ヴァージルにも観客にも真相を知るすべはありませんけど、
それをそう信じたいという願い。
そういう想いをミスディレクションしているように思えました。

まあ真実を曖昧にすることによって観客に解釈を委ねる。
トルナトーレが意図したのはまさにここにあり、
ボクもちょい若おやじさんも見事に彼に乗せられているわけです(笑)
というわけで、観た人それぞれの解釈があっていい映画なわけですね。
映画ってそもそもそういうもんですから!
〉〉スパイクロッドさん
スパイクロッドさん、コメントありがとうございます。
スパイクロッドさんのように、独特で、的を射ているようなイラストも何もない、味気ないブログですが、どうかよろしくお願いします!


> この映画のラストは確かに難解で、ボクの考えは多少違うんです。
> あのラストは意図的に時系列が操作されているようにボクには見えました。
> 本当のラストは精神病院に収容されているヴァージルの姿であり、
> プラハでの映像はその前段階にあたるとボクは思っています。
> 騙されていたことを知り、それでも彼女の姿を追い、
> 最終的には精神の崩壊へと至る。
> そういう結末だったように思います。

ははぁ~。
そういう見方も面白いですね!
「精神崩壊説」とでも名付けましょうかw
かなり同情しながら観ていた私には考えもつかなかったです。

> 「偽物のなかに宿っている真実」
> それを信じたいのは主人公だけではなく、
> 観客も同じなわけです。
> 彼らの関係に真実の愛があったのかどうか、
> ヴァージルにも観客にも真相を知るすべはありませんけど、
> それをそう信じたいという願い。
> そういう想いをミスディレクションしているように思えました。

> まあ真実を曖昧にすることによって観客に解釈を委ねる。
> トルナトーレが意図したのはまさにここにあり、
> ボクもちょい若おやじさんも見事に彼に乗せられているわけです(笑)
> というわけで、観た人それぞれの解釈があっていい映画なわけですね。
> 映画ってそもそもそういうもんですから!

はははwww
おっしゃる通り、完全に乗せられていますね~。
全然悪い気がしない自分はドMなのかもしれませんwww
「ミスディレクション」いいですねえ。
スパイクロッドさんのようなラストの解釈ならば、まさにその通りですよね。
そして、私のようなラストの解釈だと、むしろ「ディレクション(?、ミスディレクションとは逆という意味で…)」になるんでしょうか。
いずれにしても、こうやって今、異なる解釈を聞いて、頭を悩ませ、「確かに…」とか「いや、ちょっと待てよ俺」とか考えているのが、この映画のすごいところだと思います。

解釈が観客によって異なるということ、そしてそれを素直に考察しあえるような映画に仕上がっているように、スパイクロッドさんのコメントを拝見して感じました。

おっしゃる通り、「映画ってそもそもそういうもん」ですよね^^ 完全に同感します!
そこが好きなんですよ~!
やっぱり、「いやぁ、映画って本当にいいもんですねぇ~」(故水野晴郎氏風)

貴重なご意見ありがとうございました。
スパイクロッドさんも私と同じように「映画は人によって異なる解釈でいい、むしろそうなのだから」みたいな映画観を抱いているようで、なんだか勝手に共感性が増しています。
これからも、意見が一致するときも真逆であるときも、ぜひぜひコメントお願いします!
このようなコメントも含め、「ちょい若おやじの備忘録」として、このブログをはじめた甲斐を感じています。
肩に力をこめまくった散らかりブログですが今後ともよろしくお願いします。
No title
ラストシーンについて、
言いたいことがうまく伝わっていないような気がするので、
もう一度だけ書かせていただきますね(ひとんちなのにすみません)。

この映画は、賛否が極端なようですが・・・
ラストシーンを「騙された “あわれな” おっさんが、
一縷の望みを託してナイト&デイで待っている」と解釈すると、
つまんない作品になるんだと思います。

あのシーンは、
「騙されたけど、“わくわく気分で” ナイト&デイで彼女を待っている」
のではないかと思います。
そう、デートで大好きな彼女が来るのを待っているように。
ヴァ―ジルは、生まれて初めて本当の恋(真贋含めた)をしているのです、
また騙されるかもしれないけど、恋のパーツが真贋あるうちの真を期待して。
トルナトーレ監督は、本当の恋とはそういうものだ、と言っているのでは?
だから、背景が “歯車(真を象徴するパーツ)” なのだと思います。

それは、ヴァ―ジルが “本当の恋” とはそういうものだ、
と気づいていたのか否か、
精神を病んでいたのかいないとかは関係なく、
物語の意図するところとして、そうなのではないかと思います。


ちょい若おやじさんは、ナイト&デイに彼女は現れると思いますか?
僕は、彼女は案外やってくるんじゃないか、と思いました。
それは、クレアが語ったナイト&デイが実在する店だったからです。
それもまた、ふたりの恋の “真の歯車のひとつ” ですよね?
恋人と企てたと思われる今回のことにおいても、いつクレアが欺かれて、
過去の “真” を探しに来るかもしれないじゃないですか。



> どうしても「人形」に特別な思いがあります。
> 女の子がおままごとに使ったりする姿を考えると、
> それは疑似体験でありながら、
> 同時に、いずれ「人間」を育てていくことのリアル体験でもあるように
> 思えます。

↑おっしゃる通りだと思います。
それこそ「いかなる贋作の中にも必ず本物が潜む」なのでは?
人形は人間の贋作ですが、子供は人形を通して自分と対話することでも、
リアルに育っていくのだと思います。
思えば、映画や小説なんかも同じでは?
ウソの世界だけども、事実よりリアルだってよく言われますよね(笑)。


また長くなりすみませんでした。すみません
楽しい機会をいただきありがとうこざいました。
つかりこさんへ
いえいえ^^
私の読解力の問題です!
良い意味でじゃんじゃん荒らしてくださいwww
つかりこさんの前回のコメントから読み取れていなかったようです。
「騙されたあわれなおっさん」ではなく「うきうきしている」んですね。
もちろん、だまされていることは承知であって、それも踏まえた上での「うきうき」
なぜだか今ルパン3世の
「男てのはよ、女に騙されるために生きているんだぜ」
というセリフが頭に浮かんでいます。


> ちょい若おやじさんは、ナイト&デイに彼女は現れると思いますか?

すごく頭を抱えましたよwww
ロバートの「2人の歯車は動き出したのさ」
というセリフや最後の部屋が歯車だらけだったことを考えると、
いつか現れるような気もします。
ただ、私は、それを踏まえた上で、逆に現れないような気もします。というか現れないでほしいです。
彼女の中にもヴァ―ジルへの「真」があるならばこそ、
「2人の歯車は動き始めた」のだからこそ、
「会う」必要性はない、なんて思うようになっています。
えらそうですみません…。

いつもいつも、言葉にできない自分の未熟さを感じずにはいられませんが、
言葉にできないということ、それはつまり本当にはわかっていない、と思っています。
もし、このコメントを読んでいる他の方がいれば、私のつかりこさんコメントの解釈は間違えているかもしれないので、つかりこさんのコメントもぜひお読みください。
私の底を露呈させることにはなりますが、それも含めた「ちょい若おやじ」ですので…。

どうしてもまたよくわかってなければ、遠慮なさらずにご指摘ください。
むしろ、面倒かけてすみません。
勝手ではありますが、つかりこさんとの短いやりとりの中で、私の未熟さや理解してなさも含めて楽しんで頂けているような気がしています…。
こんなやりとりもまた本作そのものの延長上にあると思っています。
人間世界は「誤解によってなりたっている」と思っていますので、それもまた言い換えれば「真と偽含めた世界」
こんなに楽しい経験をさせてもらっていることに感謝です!
観ました
やっとDVDで観ました。ヴァージルが恋におちていく過程が、かわいらしい。勉強になりました。

偽物と本物、何を偽と言うか、何を本物というか、難しいですね。主観的で良いのでは。
ヴァージルは騙されたのかもしれないけれど、同時に、恋という素晴らしい体験をすることができた。
その体験を、本物の体験と思うか、偽物と思うか、ヴァージルが決めればいい。

「(歯車は人間と同じように)長年組み合わさっていると、相手の形状に似てくる」

意味深です。ラストシーンと重なります。長年では無かったかもしれないけれど、ヴァージルはクレアとの短い日々でクレアの形状に似ていけるのでしょうか?からくり(今回の詐欺)の中に真実を見出すのでしょうか?

これもまた、ヴァージルが決めることのように思えます。
観る側の人間(映画を観る観客)は想像を働かせ、いろいろな解釈をしましょう。
Re: 観ました
あかりちゃん、コメントありがとうございます。
ご覧になりましたか~。
私にとっては本作は今年観た映画の中では上位に位置する映画です。
面白いというだけではなく、こういった伏線やら何やら盛り込まれている映画は私にとっては新鮮で、あまり経験的に少なかったということがあります。


> 偽物と本物、何を偽と言うか、何を本物というか、難しいですね。主観的で良いのでは。
> ヴァージルは騙されたのかもしれないけれど、同時に、恋という素晴らしい体験をすることができた。
> その体験を、本物の体験と思うか、偽物と思うか、ヴァージルが決めればいい。

あの日々は彼にとっては本物の体験であるように思いました。
そして少なからず彼女にとっても・・・とも思いました(そう信じたいのかも)。

> 「(歯車は人間と同じように)長年組み合わさっていると、相手の形状に似てくる」
>
> 意味深です。ラストシーンと重なります。長年では無かったかもしれないけれど、ヴァージルはクレアとの短い日々でクレアの形状に似ていけるのでしょうか?からくり(今回の詐欺)の中に真実を見出すのでしょうか?

ですよね~!
きっと私はもっと沢山こういった伏線を見落としていると思うので、また観ようと思います。

> これもまた、ヴァージルが決めることのように思えます。
> 観る側の人間(映画を観る観客)は想像を働かせ、いろいろな解釈をしましょう。

笑!
大賛成です!
私は中々映画の内容・事実云々についての細かな詮索はしないタイプなのですが、この映画については色々頭を動かして楽しかったですね!

コメントありがとうございますm(__)m
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