ちょい若おやじの映画と読書の記録

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"Words can't describe how it feels flying through an aurora. I wouldn't even know where to begin..."

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映画レビュー#16 ジャック [洋ドラマ]

2014.08.18 (Mon)

ジャック [DVD]ジャック [DVD]
(2002/08/21)
ロビン・ウィリアムズ、ダイアン・レイン 他

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[説明]
公開:1996年8月9日(アメリカ) *日本公開:1997年3月1日
上映時間:113分
原題:Jack
監督:フランシス・フォード・コッポラ Francis Ford Coppola
脚本:ジェームズ・デモナコ James DeMonaco , ゲイリー・ナデュー Gary Nadeau
出演:
ロビン・ウィリアムズ Robin Williams ― ジャック・パウエル Jack Powell
ダイアン・レイン Diane Lane ― カレン・パウエル(母) Karen Powel
ブライアン・カーウィン Brian Kerwin  ― ブライアン・パウエル(父) Brian Powell
ジェニファー・ロペス Jennifer Lopez ― マルテス先生 Miss Elena Marquez
ビル・コスビー Bill Cosby ― ウッドルフ先生 Lawrence Woodruff
フラン・ドレシャー Fran Drescher ― ルイの母 Dolores "D.D." Durante
アダム・ゾロティン Adam Zolotin ― ルイ Louie Durante
トッド・ボスレー Todd Bosley ― エディ Eddie
セス・スミス Seth Smith ― ジョン・ジョン John-John
マリオ・ヤディディア Mario Yedidia ― ジョージ George
ジャーニー・スモレット Jurnee Smollett ― フィービー Phoebe

音楽:マイケル・ケイメン Michael Kamen (『X-MEN』など)
製作会社:アメリカン・ゾエトロープ American Zoetrope

出典:エンドクレジット , wikipediaジャック(映画) , Jack(1996 film)
[あらまし]
人の4倍の速度で成長する人間がいたとしたら・・・。
主人公のジャックは人の4倍の速さで体が成長する、見た目は40歳、実際は10歳の「少年」である。両親の愛を一心に受け、すくすくと育ってきたものの、彼は学校に行って同じ年代の友達を作ったことがなかった。仲良しの友達兼先生は家庭教師のウッドルフ先生と両親だけ。ジャックには友達が必要だ、と感じ取ったウッドルフ先生の助言で両親は遂にジャックを公立の小学校に通わせることを決めた。当初、ジャックの見た目から、彼は「化物」「巨人」と呼ばれ、子どもたちからは残酷な言葉を投げつけられてしまう。しかし、同じクラスの少年ルイは彼をバスケのミニゲームに出場させる。背の高いジャックは大活躍。更に、ルイの依頼で、校長先生のふりをして、ルイの母と面談し、ルイのピンチを救う。ルイの母親は「あばずれ」な感じで、ルイ曰く「すぐに人を口説こうとする」ため、ジャックを校長先生だと思い込んだまま、ジャックにバーのマッチを手渡す。ルイのピンチを救ったことをきっかけに、生まれて初めての同世代の友人ができたジャックは喜びを爆発させる。そして、ルイの悪友である、エディ、ジョン・ジョン、ジョージとルイたちが樹の上に廃材で作った秘密基地に招待される。ジャックがその見た目を使って、エロ本を購入できることを知った3人は、ジャックを仲間に入れる。毎週末、その秘密基地でジャックたちはバカ騒ぎをやり、ジャックは完全に皆の仲間として楽しい日々を送れるようになった。
ある日、クラスの作文で「大人になったら何をやりたい?」という課題が出される。人の4倍の速さで成長するジャックにとって大人になる、ということが困難であることを感じ、ジャックの中で自分の命について考えるようになる。ジャックの願いは「生きていたい」ということ。「デート」というものをしてみたい、というジャックは担任のマルテス先生をダンスパーティに誘うが、断られてしまう。ショックを受けたこと、そして老化の進行のために体が弱っていることもあり、ジャックは倒れてしまい、母親に学校に行くことを止められてしまう。母親としては大切な息子を心配してのことであるが、ジャックは学校に行きたい想いと思春期から生じる異性への興味の中、以前ルイの母親に渡されたマッチのお店に行ってみることに・・・。そこでの中年男性ポーリーとの出会い、ルイの母親とのキス、ケンカ事件などをきっかけに、ジャックは「死期が迫るのならば、何をやっても意味がない」とおもうようになり、ふさぎこんでしまう。
しかし、ジャックの家に次々と声をかけるものたちがいた。
「ジャック、遊ぼうよ!」
学校の友達や最初はジャックを気持ち悪がったいじめっ子もジャックに会いたい、と押しかけるようになったのだ。
そして、ウッドルフ先生の言葉もあって、遂にジャックは学校に戻ることとなった。
―7年後―
高校の卒業式の日、よぼよぼの姿のジャックがそこにいた。仲間たちに囲まれた楽しそうな「17歳」のジャックの姿がそこにいたのである。

コッポラ監督、ロビン・ウィリアムズによるコメディ・ドラマ。見た目はおやじ、心は子どもを、その抜群の毛深さと笑顔で演じるロビン・ウィリアムズの演技なくしてはありえない、心がポッと温かくなる作品。
(文責・管理人)


[レビュー]
ロビンシリーズ第3弾。
ちなみに、
第1弾「映画レビュー#13 フック
第2弾「映画レビュー#15 レナードの朝

1997年日本公開作品であるので、最初に観たのが、小学生のころだった記憶がある。最後に観たのは去年くらいだろうか。
何回観ても、ポロポロと涙が流れてくるわけだが、それはやはり、ロビンの演技が素晴らしいためだろう。
「見た目はおやじ、実際は10歳」をロビン節で演じきっている。いずれレビューにも書くつもりだが、映画『ビッグ』(1988)のトム・ハンクスも同じような役を演じていて、そちらも素晴らしいが、本作の場合、「死期」というものを考えさせられる点で、『ビッグ』とはまた異なるものであり、それを中年まるだしのロビンが本当に素晴らしい演技をするのである。
そして、子役たちの個性がまた最高である。映画『リトル・ジャイアンツ』(1994、主演:リック・モラニス)でもガリガリに痩せているんだけど気の強い面白いメガネ君としていい味を出していたエディ役のトッド・ボスレー君。それから、映画『ホーム・アローン3』(1997)の兄貴役でも出ていたジョン・ジョン役のセス・スミス君の満面の笑顔。ドラマ『フル・ハウス』のミシェルの友達役でも出ていたフィービー役のジャーニー・スモレットちゃんの物おじしない態度。
そしてその基本は、おちゃらけたような遊び心の演出がまた絶妙で、観ていて温かくなる。

今回は本作におけるジャックという「少年」が見出した「生きるということ」について本作の流れを整理しながら読み取ってみたいこと、そして「10歳を振り返ってみよう」ということをやってみることとする。

ジャックにとって「生きるということ」とは?
人よりも4倍速く成長するために、同じ10歳の友達たちが「生きるということ」の中で想起しないであろう「死」をジャックは意識することとなる。劇中でもふさぎこむジャックについてウッドルフ先生に母親が説明するように「命のはかなさ」を感じてしまうわけである。
このウッドルフ先生がジャックに語るシーンを考えてみたい。
ウッドルフ先生はふさぎこむジャックに対して「流れ星」について語る場面がある。ウッドルフ先生曰く、「流れ星は一瞬でなくなってしまうが、その輝きの美しさたるや!他の星がかすむ」といったことを。
これについて、「ああ、ジャックの命が一瞬だけど、『短く濃く』みたいな主張なの?」のような感想を持ちそうなものである。しかし、その後にジャックが次のように語る。

 僕は、普通の星でありたい。

これはつまり普通に長く皆と一緒に生きたい、というジャックの願いである。
これに対してウッドルフ先生は、全く困った様子もなく、

 君は普通の星にはなれないよ。だってひと際輝いているからね。

と言うのである。この言葉が後にジャックの卒業式スピーチに関わってくる。
その卒業式スピーチ、よぼよぼのジャックは、自分のよぼよぼさをごまかそうとはしないのである。彼は、自分が「流れ星」であることを覚悟したうえで「生きていくこと」の覚悟を決めていたのである。
「何か道に躓いた時、何か自分だけがとてつもない困難にぶちあたったと感じた時、そんな時は夏の夜空を見上げて、流れ星を見て、自分のことを思い出してほしい」と卒業生代表として皆に語るのである。
ジャックにとって「生きるということ」は、その「命のはかなさ」の中で友人を作ること、誰かの中に自分という存在がいたことを見出すことであったように思う。劇中で何度もジャックは「何をやっても意味がない」とふさぎこんでしまう。だからこそ、ジャックは他人の中にその「答え」を見出そうという覚悟を決めたのだろう、、と思う。

「10歳を振り返ってみよう」
実は、家庭教師をやっている管理人としてはウッドラフ先生の言葉に共感を抱く要素がいくつかあった。
先に書いたウッドラフ先生がふさぎこむジャックに「流れ星」について語る前に、なぜ自分が家庭教師をやっているかを語る場面がある。ウッドラフ先生が思うには「子どもと接し続けられること、そして子どもの心を忘れないでいること、それによって大人になってしまって見えなくなってしまうことを思い出す」ということが家庭教師を続ける理由である。
いつからだろうか、買ったばかりの靴が汚れるのを気にして水たまりで走らなくなったのは?
そもそもいつからだろうか、走ることが単なる「移動手段」になったのは?
すべてが子どもであればいいというわけではない。劇中でも母親がジャックを学校に行かせることに懸念していた材料として「子どもは残酷」というものがある。それはその通りだ。思ったことをそのまま口にだしてしまう。それが時には、相手を悲しい思いにさせてしまってもである。
それでもやっぱり、日々固着してしまう脳みそにとって、異なる視点、ありえない視点というものは大切であるように思える。普段、見えなくなってしまっているもの、そしてその見えない所にあるかもしれないことを勝手に放棄してしまいたくはない、と感じた。
ところで、欧米のelementary schoolの映画を観て、共感する要素はあるのだろうか。
これが不思議なことでもある。
欧米と日本ではその辺全く異なるとは言えないにしても、大人になって本作を観た時に生じる「懐かしさ」といった感情は何かしっくりこないものなのか?
ただ、秘密基地は作ったし、ありえないような妄想トークをしたし(管理人の場合はモー娘に関することが多かった・・・)、物おじしない「女子」が必ずいたし、共通する記憶は数多く存在する。
異国に限らず、それぞれ育った環境で異なるはずの文化圏の中で共感する要素というのは少し興味深い。

さて、ジャックの卒業式スピーチのセリフにあるように、「人間は過去のいいことばかり思い出そう」とする。過去を懐かしむ時に過去を美化するだけ、あるいは過去の栄光にすがるだけでは、それは「はかない命」の前ではもったいないことである。ジャックのように、死期が迫っていても、これから何が起きるかわからない人生において、過去を捨て去ろうとしたり、あるいはいいところだけを見ようとすることは勿体ないように感じた。


本作はロビンの演技だけでも一見の価値があるが、本作を観て、たまには「思春期=中高生」よりも前の記憶をたどってみる作業も面白いかもしれない。


最後に、本作のエンディングでかかっていたブライアン・アダムスによる「Star」がよかったので、貼り付けてみる。
日本語歌詞をすべて書く体力が今はないけど、結局この曲を聴いて、「死を迎える時」に何に幸せを見出すのか、という管理人の日頃の想いを想起させるものであったので備忘録として。
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