ちょい若おやじの映画と読書の記録

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映画レビュー#13 フック [洋ファンタジー]

2014.08.14 (Thu)

フック [DVD]フック [DVD]
(2008/11/26)
ダスティン・ホフマン、ジュリア・ロバーツ 他

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[説明]
公開:1991年12月11日(アメリカ) *日本公開:1992年6月20日
上映時間:144分
原題:Hook
監督:スティーブン・スピルバーグ Steven Spielberg
脚本:ジェームスVハート James V. "Jim" Hart
    マライア・スコッチ・マルモ Malia Scotch Marmo
オリジナル:J. M. Barrie, Peter Pan
製作会社:アンブリン・エンターテインメント Amblin Entertainment
出演:
ロビン・ウィリアムズ Robin Williams ― ピーター・バニング(パン) Peter Banning/Pan
ダスティン・ホフマン Dustin Hoffman ― フック船長 Captain Hook
ジュリア・ロバーツ Julia Roberts ― ティンカー・ベル Tinker Bell
ボブ・ホスキンス Bob Hoskins ― スミー Smee
マギー・スミス Maggie Smith ― ウエンディー Wendy Darling
キャロライン・グッドール Caroline Goodall ― モイラ Moira Banning
ダンテ・バスコ Dante Basco ― ルフィオ Rufio
チャーリー・コースモ Charlie Korsmo ― ジャック・バニング Jack Banning
アンバー・スコット Amber Scott ― マギー・バニング Maggie Banning

グウィネス・パルトロウ Gwyneth Paltrow , グレン・クローズ Glenn Close
音楽:ジョン・ウィリアムズ John Williams

出典:wikipediaフック , Hook
[あらまし]
舞台はピーターパンが大人になって、結婚して、子どもを持って、仕事人間になっている世界。ディズニー映画で世界中で認知されていると思われる「ピーター・パン」が前提となる世界。あの冒険の後もピーターは定期的にウェンディーの元を訪れていた。しかし、彼女はどんどん大人になっていき、気づいたらおばあちゃんになっていた。そしてピーターは彼女の孫娘であるモイラに一目惚れし、彼はついに大人になることを選ぶ。そして、ウェンディーの手助けにより、ピーターはアメリカのバニング家の養子として迎え入れられ、やり手の企業家・弁護士として、家族のことを顧みない仕事人間となっていた。更には、自身の12歳までの記憶をしまいこんでおり、自身がピーター・パンであったことは一切覚えておらず、その存在すらおとぎ話として馬鹿にするような大人へと成長していた。特に、10歳頃の息子ジャックとは父親と息子の関係が上手くいっておらず、息子ジャックとの約束を仕事を理由にすっぽかしてばかりでいた。
そして、ウェンディーの設立した孤児院の記念パーティーのために訪れていたロンドンのウエンディー宅で事件が起きる。怪しい空気、怪しい影が子供たちを襲い、子どもたちはどこかへ連れ去られてしまう。そして、そこには「フック船長」による挑戦状が残されていた。「因縁の敵であるピーター・パンに復讐をすること、そして決着をつけること」のために子供たちを拉致した、と書いてあるが、記憶をしまいこんだピーターには何のことかさっぱり。途方に暮れるピーターの元に、妖精ティンカー・ベルがやってくる。そして半ば無理やりピーターをネバーランド Never Land へ連れていく。空を飛べないピーターに失望するフック船長であったが、ティンカー・ベルが3日後までに鍛え直す、と約束し、その間子供たちを懐柔する計画をたてる。そして、息子のジャックは父親をフック船長に求めるように仕向けられ、ついには父親をフック船長であると思い込んでいく。一方、ピーターは迷子たち(アニメででてきたピーターと共に冒険するネバーランドの孤児たち)に一応ピーター・パンと認められ、その訓練を受けていた。しかし、なかなか子どものころの想像力を思い出すことができない。

スピルバーグ監督の描く「ピーターパン」、大人・子どもとは何なのか?先日、自殺が報道されたロビン・ウィリアムズが大人になった中年ピーターを演じ、そしてダスティン・ホフマンやジュリア・ロバーツといった名俳優たちが本作を引き立てる。
いつの間にか「大人」になってしまっていた大人たちに贈る「大人のための映画」である。
(文責・管理人)

[レビュー]
全体の感想として、最高に素敵な映画だと感じるし、心に止めておきたい作品だと言いたい。
それでは、本作の何が管理人にとって素敵な映画であるのかをレビューしていきたい。

大好きな監督であるスピルバーグ、大好きな俳優故ロビン・ウィリアムズの最強タッグ作品。
ロビンの死に対してはかなりのショックを受けたが、これを聞いたことで、本作を久しぶりに観たいと思ったきっかけともなった。ロビン祭りをしようかな、と少し構想中。

それは今日のところは置いといて、管理人にとっての映画人生にとってかなり重要な作品だろう。
その観点として、本作をどの年齢で観るかが、本作の面白さを考えるにあたって重要な点であると思う。
初鑑賞は確か10歳くらいだったはず。そして今、「大人」になった状態で本作を観た時に、「子ども」の頃とは違う感想を抱く。子どものころは「ファンタジー」な楽しい映画だった記憶が強い。ロビン・ウィリアムズのコミカルな演技、子どもの夢を体現したかのような「骨付きのチキン」など、ひたすらにワクワクしながら観ていたような思い出がある。あの頃はとにかく早く大人になりたかったものだった。
一方、大人になってから本作を見終えた時に「いつの間に大人になっていたのだろう」「大人ってどんな人のことだろう」「子どもの頃の気持ちも忘れたくないなあ」といった感想を抱いた。そして、その感想に対する賛否両論はさておき、本作は「大人のための映画」として、ぜひ、大人たちには観てほしい。管理人の経験としては、あまりない思い出であるが、父親と息子で観てもいい映画ではないかと思う。なかなか父親と息子で映画鑑賞といったことをしないお父さんたちこそ、まさに本作で描かれる「ピーター・バニング」そのものであるような気がしてならない。これはあくまで、管理人の父親との思い出、父親との経験から物言うことなので、あくまで参考に。

さて、本作においてポイントはネバーランドという存在である。
そこは、まさに「存在しない島」であり、そして想像によって「なんでも存在しうる島」でもある。
そこに暮らす人々は「冒険」としての役をそれぞれが演じているのである。
例えば「大人」=「海賊」、「子ども」=「迷子たち」という図式が成り立つ。
海賊たちは「汚い・ずるい」「人を殺す」「金のために」としての「大人」の象徴が演じられる。
迷子たちは「わくわく」「純粋」「仲間たち」「想像力豊か」としての「子ども」の象徴が演じられる。
本作ではとにかく極端に「大人」と「子ども」を分けることで、シンプルでわかりやすい映画となっているし、これがスピルバーグの狙いなのかもしれない。

ただ、一方で迷子たちのリーダーで殺されるルフィオ(ちなみにここで泣いてしまった)が最期にピーターに向かって、

 あんたのような父親が欲しかった

と言うセリフや、因縁のワニさんに食べられそうになる間際にフック船長が、

 助けて!ママ!

と叫ぶセリフにあるように、それぞれの役を演じている者たちの中で心の底から出てくる言葉には、それぞれが双方に対する想いがこめられているようにも感じた。ルフィオのセリフからは、父親のいない環境で子どもたちで楽しくわがままに暮らしてきた一方で、父親に対する憧れや父親とやってみたかったことなどが伝わってくる。そしてフック船長のセリフからは、どんな人にも母親という存在があることを感じるし、その愛を心の底では求めていたのではないか、と感じる。そこにはピーターの娘であるマギーのセリフにも示唆されているように感じる。

 その人にはママがいないの。かわいそうな人なのよ。

それぞれがそれぞれを演じる一方で、それぞれがそれぞれだけしかいない世界では成り立てないことを示しているように思えるし、その当たり前なことを当たり前とつっぱねずに語っているような気がする。

そして、ディズニー映画でもキーワードとして登場する「空の飛び方」として「幸せなことを思い浮かべる」というものがある。
結局、ピーターが「ピーター・パン」として飛べるようになる「幸せ」とは「子ども時代の思い出」ではなかったことが、また本作を素敵な映画にしている。ずっと、楽しいこと、幸せなことは「子ども時代」に置いてきてしまったものであると感じさせる伏線になっている。それは、ピーターが迷子たちに訓練される内容に表れている。体に悪そうな色合いの食べ物や食べ物を投げつけて遊んだり、悪態をつきあったり、空を飛ぶために「人間パチンコ」のようなものでふっ飛ばされたり、その着地点が奇妙な色合いの泥であったり、とひたすらに「子どもの夢」のようなものが使われている(勿論、これは大人目線のものであることは言うまでもないが)。
しかし、ピーターにとっての「幸せ」とはその置いてきた「子ども時代の思い出」だけではなかったのだ。
その「幸せ」とは「妻モイラ、息子ジャック、娘マギーという家族を得たこと」だったのだ。ピーターにとって、子ども時代を捨ててでも手に入れたかったのは「家族」であり、その夢が叶った瞬間が「息子ジャック誕生」の瞬間(ちなみにここでも泣いてしまった)であった。
とにかく彼は、

 僕はパパになりたかったのだ

という言葉にあるように、父親になりたかったのであり、自分が父親として在る為に、今フック船長と戦うために「空を飛べるようになる」のである。だから、最後はネバーランドから帰ってきたときには、もう空が飛べなくなっているシーンがあるのではないか、と感じる。

最後に、ウェンディーの「冒険は終りね」に対するピーターの最後のセリフを引用したい。

 人生こそが冒険だ

「夢」「希望」がすべてだとは思わないし、それを持たなければならないとも思わない。
それでも、「『夢』や『希望』を失った大人」という認識ではなく、「『夢』や『希望』を大人も持っている」という認識でいたい。子ども時代の思い出の延長で営まれる「人生という冒険」の中で自分にとっての「幸せ」の形がどんなものになるのかは未だわからないが、それを見つけることをその目的(宝?)の1つとしたい。結婚していない管理人にとっては、本作で描かれるような「家族」「父親」にこそ「幸せ」を感じるのではないか、という憧れを抱いた。
もし、いつの日か結婚して「おやじ」になった時には、なんと感じることになるのだろうか?
きっとまた異なる感想や答えを本作に見出そうとするのだろう。

本作を通して管理人が感じたものは以上なことであった。

とにもかくにも、素敵な映画であるので、ぜひお勧めしたい作品である。
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