ちょい若おやじの映画と読書の記録

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映画レビュー#5 GODZILLA ゴジラ (2014) 3D/2D [SF]

2014.07.26 (Sat)
まさか、ゴジラを「SF」にカテゴリーするとは思いもよらなんだ。
「特撮」ではないのも面白い。

ハリウッド版ゴジラのレビュー。公開日に鑑賞。従って、今回のことより、これ以降の記事として、劇場公開中、とりわけ公開したばかりの作品に対しては、ネタバレについて考慮する必要があると感じた。
従って、まずは[説明][あらまし]についてはいつも通り行い、後半のレビューについては、ネタバレ含むの感想と、これから見る人を想定した大まかな感想にわけたいと思う。
本来のブログの目的としては、管理人の記録であるが、インターネット上にさらす以上、ひょんなことから、不本意にも当ブログに遭遇してしまう人もいるだろう。また、当ブログを見に来てくれたありがたい人にも「おいおい、これから見るっつーの!」となったら申し訳が立たない。まあ厳密に言えば、すべての作品においてもそうあるべきだが、その辺は管理人の匙かげんで・・・。

参考記事「書籍レビュー#1 ゴジラ・モスラ・原水爆―特撮映画の社会学
参考記事書籍:好井裕明『ゴジラ・モスラ・原水爆―特撮映画の社会学』


[説明]
公開:2014年5月16日(アメリカ) *日本公開:2014年7月25日
上映時間:123分
原題:GODZILLA
製作会社:レジェンダリーピクチャーズ
監督:ギャレス・エドワーズ Gareth Edwards (英)
脚本:マックス・ボレンスタイン Max Borenstein
オリジナル:ゴジラ 東宝
出演:アーロン・テイラー=ジョンソン Aaron Taylor-Johnson , 渡辺謙 , エリザベス・オルセン Elizabeth Olsen
音楽:アレクサンドル・デスプラ Alexandre Desplat
日本版公式HP:GODZILLA ゴジラ(ワーナーブラザーズ映画)

[あらまし]
1999年、日本の東海地方にある原子力発電所が謎の地震によって崩壊する。主人公のフォード(アーロン・テイラー=ジョンソン)少年の父(ブライアン・クランスト)と母(ジュリエット・ビノシュ)はそこで技術者として勤めていた。その「震災」により、母は死んでしまう。
同年、フィリピンにおいて何か巨大な穴が発見された。その報告を受けた秘密組織モナークの博士である芹沢猪四郎博士は、その穴で巨大な生物の化石と、巨大な卵2つ(1つは孵化ずみ)を発見する。
―15年後―
米軍の爆弾処理班として任務から帰還したフォードは14か月ぶりに妻のエル(エリザベス・オルセン)と息子と再会し、久しぶりの夫婦水入らずを過ごしていた。しかし、日本で独自に原発の事故について調べていた父が立ち入り禁止区域に潜入し、警察に捕まった連絡を受け、フォードは身元引受けのために単身日本へとむかった。
原発事故は単なる地震ではなく何か電磁パルスを発する生物によって引き起こされたと考えている父の話を世迷言だと聞き流す一方、母を亡くした原因に迫れるならば、と父とともに立ち入り禁止区域へと侵入していく。
遂に事故当時暮らしていた家へとたどり着いた2人であったが、謎の組織モナークに捕まり、連行される。モナークがひたすらに隠してきたのは、その事故の原因となった、フィリピンで見つかったものと同じ卵であった。放射能を吸い続ける卵に対して、脅威に感じつつも殺したことで生じる放射能被害を恐れ、ただ厳重に観察を続けていたのであった。しかし、その卵がすべての放射能を取り込み、それをエネルギーとして遂に孵化してしまう。
この生物とは一体何なのか?ゴジラなのか?人類はこの巨大な生物に対して何ができるのか?
過去最大級の巨大な存在として描いたハリウッド版ゴジラが意味するものとは一体何なのだろうか?
(文責・管理人)

[全体レビュー構成]
①ゴジラの存在意義
②ゴジラのデザインについて
③建物の破壊ぐあい
④日本版との比較をするべきか
⑤芹沢猪四郎博士
以上の5点について管理人が見て思った本作に対する課題である。
まだ観ていない方で、何かしらのゴジラ歴史の深い方で、本作を観る予定のある方はこの辺りで止めておいた方が・・・。
面白かったし、いろいろ語りたいことが多いので、ネタバレなしはここまで。


下にスクロールしていただけると、続きがあります。
































改めて
[全体レビュー構成]
①ゴジラの存在意義
②ゴジラのデザインについて
③建物の破壊ぐあい
④日本版との比較をするべきか
⑤芹沢猪四郎博士


ここだけお付き合いいただけると、管理人の本作の見方を紹介できるはずで、読者の方が本作を観て感じたこととの比較感想としてお使いできるだろう部分になるはず・・・。

①ゴジラの存在意義

「破壊神ゴジラと自然に対する無力感」
ずばり、これが多くの欧米人には伝わったのではないだろうか?
誤解を受けないためにも言っておきたいのは、こう感じたうえで管理人は完全に「GODZILLA」と「ゴジラ」を区別するという脳みそにシフトしたのである。つまり、管理人の思うゴジラはこうではない。
しかし、更に誤解を受けないために明言しておくが、本作は面白かったし、劇場で何度も「おおお!!!」とつぶやいていたくらい、満足感はあった。

「やっぱり、「3.11」のように「自然」にはあがらえないものであり、その象徴が「GODZILLA」である。私たち人間はそのような自然に対して無力であり、自分の身に起こることは宿命である一方で、それに対してただ指をくわえるのではなく、1人1人の営みによって何かが変わる可能性はあるのではないか?」

こう監督は伝えたかったのではないだろうか、そしてこう伝わりやすい仕掛けがあったのではないだろうか。
原発にはじまり、GODZILLA登場による津波、地響き、建物の破壊は「3.11」を明らかに意識したものであり、次々と人が死んでいく。そして米軍もそれに対して何もできず、原爆でさえ役立たずどころか、むしろ余計なものになっていく。
まさに「自然」にはあらがえない、のである。
そして、歴史上、古くから存在したGODZILLAは「自然が常に調和する」(芹沢博士のセリフ)ときの要素であり、その破壊神には人間は手出しできないのである。
しかし、主人公フォードという一介の兵士はある行動によって結果的にGODZILLAの補助となり、人類を救うのである。

完全に、ゴジラが自然の使者に変容している。
過去の水爆実験はGODZILLAを倒すための攻撃であったと芹沢博士によって説明される。
ゴジラは人間のエゴの化身であった記憶があるし、そして人間のエゴによって葬り去られるという第1作の記憶がある。
昔からいた、という部分は共通かもしれないが、水爆実験でこちら側に追いやられてきたという部分はかなり違う。

ちなみに、GODZILLAは「monster」であるらしい。そうか、怪獣と怪物は何か違うのか?
英語力高い人にそのあたりを聞きたいところ。



また、原爆、戦闘機などなど人間の兵器についても語ろうとするわけだが、あくまでそれは、「自然には勝てない」を伝える道具になっているので、やはり本作の主張は「自然には何もできない」というものであると受け止めておく。

次に、これまであえて一言も述べてこなかった怪獣ムートーについて。
劇中の2014年時点において、悪はこのムートーであり、その調和の使者としてGODZILLAが戦いを挑むという構造であった。
GODZILLAと怪獣がやりあうにあたって、その理由が「調和の使者」なのである。
それはなかろう。
日本版だろうが、欧米版だろうが、それは違うのではなかろうか。
あの巨大なGODZILLAが使者であるとして、では「調和」とは何なのか?
怪獣ムートーを見る限り、人間を脅かす存在であり、人間の使う核燃料を食い荒らし、子孫を増やすことを目的とするものであった。どうやら、地球の核より大量のエネルギーを吸い尽くすことで生きるムートーのようだが、人間の作った核燃料が増えるのを卵に戻ってまでせっせと待つ姿を見せられれば、それはないだろう。
本当に調和を目指すなら、GODZILLAは人間を全力で踏みつぶすことにありそうなのだが・・・。


②ゴジラのデザインについて

ハリウッド版ゴジラとして思い描くのは、ローランドエメリッヒ監督による1998年制作版「GODZILLA」ではないだろうか。
この1998年版が残したものは「ゴジラがイグアナの巨大版になっているじゃねえか」という後味の悪いモンスター映画という記憶である。当時、純粋な少年だった管理人は「ハリウッド=すごい」ものであり、しかもあの「インディペンデンスデイ」の監督だから間違いないだろうくらい思って、劇場へ行ったものだが、いろいろ粉砕された思い出がある。
この感情は、少なからず一般的な感想であったのではないだろうか。
そして、それから16年の歳月を経て、本作が公開された。
やはり注目すべきは1998年版で巨大イグアナとして描かれたゴジラを今度はどうデザインするかであろう。
これについては劇場予告編でも公開されているデザインなので、問題ないと思うが、かなりあのゴジラに近いテイストであり、管理人としてはかなり「アリ」であった。
とにかくデカい!黒い!
ゴジラのデザインに対する眼差しも各人によって異なるものであるのだろうか、気になるところである。
すべてCGで描かれたゴジラに焦点がいきそうなところでもある。やはり、人間入ってなくては駄目だ、という人もいるだろうが、管理人としてはOK
まさかの放射熱線のようなものには驚いた。日本風のとは少しデザインが違う。劇中では「Oh,My God」のようなセリフで片づけられていたが。あれは単なるオマージュのようなものか、と思ったが、止めの一撃がこの放射熱線だったから、そうではないのか。

③建物の破壊ぐあい

最高に破壊してくれた。もう歩くたびに超高層ビルはぐちゃぐちゃ。
ただし、けっこう建物内側からの視線が多くて、中に人間がいることを感じる破壊だった。
少年時代には、あの破壊行為には人間の存在を感じていなかっただけに、今の子どもたちにはどう映ったのだろうか。
CGのリアルさ追求主義には恐れ入るが、なにか再現可能な歴史としてふるまうのには疑問を感じる。
大事なのは、映像自体のリアルではないような気がする。
それでも、本物っぽい建物がガシガシぶっ壊されるのは「おおお!!!」「デカいなあ!!!」という一種の爽快感すらおぼえたのだが、中に人間がいるので、この感想はなんと不謹慎なことか。
それでも、その死んだ多くの人間が「宿命」として片づけられるよりかは不謹慎ではないのでは?

④日本版との比較をすべきか
①~③より、どっちでもいい。
これが結論かよ、と思われるだろうが、本当にこう思う。
ただ、GODZILLAとゴジラを区別することは必要だとも思う。
結局、観る人によって感想や見方は違うし、映画に何を求めているかも違うから、どっちでもいいのである。
日本版ゴジラの中でも、好井氏のようにそのゴジラの変容を見出す人もいるわけなのである。
ちなみに、管理人としては、むしろ無知識でこの映画を見たときに何を感じたかには興味がある。

⑤芹沢猪四郎博士について
これは初代ゴジラの監督である「本多猪四郎」と同作にて最後にゴジラとともに死ぬ芹沢博士の合体だろう。
その辺のセンスについてはいいのだが、やはり芹沢博士であることには意味を見出したくなってしまう。
つまり、このように仕掛けるのならば、初代との比較は避けられないのではなかろうか。
ただ、初代の記憶がおぼろげなこと、そして、好井氏の書籍を読んでいることより、大部分を借り物としての感想になってしまう。
そのため、本当に覚えている、ストーリー上の初代芹沢博士がどういう末路をたどったかを書いておく。
そして、いつか初代を見たときにここに戻ってくることとしたい。

芹沢博士は最後まで研究室にこもっていて、周囲がゴジラを殺すことに対して、人間のエゴで表出したものが人間によって殺されることに疑問を抱いていた。そして、その手段を自分自身の研究から作ってしまうのだが、それを使うことにも躊躇していた。最終的に、ゴジラを殺すために「この一度だけだ」として研究データを燃やし、そして自らの命も捨てる、というのが彼の答えであった。

これが管理人の記憶。
これならば、今回のGODZILLAの前提がいかがなものか。
確かに芹沢博士が、GODZILLAを殺すのに原爆を使うことには反対していた。ただその論理は、自分の父がヒロシマの犠牲者であること、原爆がGODZILLAには必ずしも有効だと言えないことにあった。
そしてGODZILLAが最後生きていたことに微笑むシーンは、完全にただのGODZILLA好きのおっさんだった。そしてそれがGODZILLA=平和の使者の一形態であるようにも見えてしまった。

[おわりに]
いつものことながら、長くなってしまった。
まあ、それだけ本作及びゴジラに対する想いがあるのだろうが。
いろいろ比較批評される作品になりそうだけど、映画館にきていたのがおやじ連中であって、その意味で彼らの少年回帰の記憶装置として本作が活躍はしたのだろう、と思いつつ、その再現記憶がどんなものなのか興味がある。
これはいつか自分が「リアルおやじ」になったときにわかるのだろうか?


参考記事:映画レビュー#8 ゴジラ [特撮]
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