ちょい若おやじの映画と読書の記録

映画と読書の記録をマイペースに更新しています。コメント・リンク・TB原則フリー&大歓迎!詳細はコチラをご覧ください。
"Words can't describe how it feels flying through an aurora. I wouldn't even know where to begin..."

スポンサーサイト

--.--.-- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

映画レビュー#4 ものすごくうるさくて、ありえないほど近い [ドラマ]

2014.07.25 (Fri)

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い [DVD]ものすごくうるさくて、ありえないほど近い [DVD]
(2013/02/06)
トム・ハンクス、サンドラ・ブロック 他

amazon商品詳細を見る

[説明]
公開:2011年12月25日(アメリカ) *日本公開:2012年2月18日
上映時間:129分
原題:Extremely Loud and Incredibly Close
監督:スティーブン・ダルドリー Stephen David Daldry(英)
脚本:エリック・ロス Eric Roth
原作:Foer,Jonathan Safran. Extremely Loud and Incredibly Close. Houghton Mifflin, 2005.
出演:トーマス・ホーン Thomas Horn ,トム・ハンクス Tom Hanks ,サンドラ・ブロック Sandra Bullock ,
    マックス・フォン・シドー Max von Sydow
音楽:アレクサンドル・デスプラ Alexandre Desplat(仏)
日本版公式HP:ものすごくうるさくて、ありえないほど近い(ワーナーブラザーズ映画)

[あらまし]
頭脳は明晰であるが、対人関係の苦手な少年オスカー(トーマス・ホーン)が、唯一心を開く、尊敬できる存在は、父のトーマス(トム・ハンクス)であった。緻密に物事を明らかにしたい、間違いを正さずにはいられないオスカーにとっての楽しみは父トーマスからの「調査探検」出題であった。今回の課題はニューヨークの失われた地区(?)「第6地区」の捜索であり、その過程においてオスカーはいつも父の仕草、思想、自分へのふるまいなどを観察しつつ、2人で仲良く調査探検を遂行していた。そんな2人を見守るように、どこかその冒険精神にあきれたような母リンダ(サンドラ・ブロック)との3人暮らしであった。
しかし、2001年9月11日「9・11」によってその状況は一変してしまう。商談で貿易センタービルを訪れていた父トーマスが帰らぬ人となったのだ。オスカーは父の遺体無き葬式に困惑し、そして当時の事件を思い起こすような物事すべてに恐怖心を感じ、今まで以上に自分の殻に閉じこもるようになっていた。オスカーの家に残されていた父からの留守電は6件。それを母には聞かせまいとして、自分の部屋に隠しながら、父の記憶を呼び起こす作業をしていた。
そして1年の歳月が経ったある日、父が亡くなって以降、手つかずの部屋に足を踏み入れたオスカーは父の遺品であるカメラ(それは疎遠となっていた祖父がドイツから移民としてやってきたときのものであった)を手に取る。そこで偶然にも、その遺品の中にあった花瓶を割ってしまうのだが、その中には"Black"と書かれた封筒があり、その中から1つの鍵を発見する。また、併せて、「探すのをやめない notstop looking」という文字列に赤丸がつけられた新聞記事の切れ端も見つける。直観的にそれは父が自分に残したものであり、それは「調査探検」において何かの手がかりではないかと判断したオスカーはその"Black"というのが苗字であるという仮説の元、ニューヨークに在住する427人すべての「ブラックさん」を訪問する決意をする。
様々な「ブラックさん」は物語においてどのような意義を持つのか、そして、父を失った少年と夫を亡くしたその母はどのような関係性を再構築していくのだろうか、祖母の家を間借りしている言葉を発せない間借り人(マックス・フォン・シドー)とは何者なのか、少年にとってどのような役割を担うのか、はたして少年の旅の結末には奇跡が待っているのか、はたまた絶望が待っているのだろうか。「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」とは一体いかなるものなのだろうか?
(文責・管理人)

[レビュー]
まずは、タイトルに触れる必要があるだろう。横文字には精通しているとは言い難い管理人であるが、この邦題は中々見事に訳しているのではないだろうか。というのも、原題と全く異なる邦題がつけられているパターンかと思って手に取ったわけだが、なんと直訳なのか、これは?!

それと本作はレンタルビデオ店にてレンタルしたものであるが、管理人としては好きな俳優である「トム・ハンクス」の出ている映画として借りたものであった。トム・ハンクス扮する父トーマスは冒頭で死んでしまうので、実際にはその出演時間は長くはないのだが、それでも好評価を付けたい映画の1つとなった。
好評価の要因については、人それぞれ様々なものがあって然るべきである。

その要素とは何なのか?
本作においては、この物語からは「歴史叙述」「記憶」といったものを想起させられたという点において、管理人にとって意味のある作品なのである。
この点を踏まえつつ、レビューをしていくこととしたい。
 
本作においての最大の疑問は「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」とは何のこっちゃ?ということだろう。
現段階の予定としては、いろいろここに書き綴った結果、ここに回帰していくはずであり、一応これを目標に頑張る予定…

くどいと感じてしまうほど多いと思われる比喩表現の中の1つに、「父との8分間の記憶」というものがある。これは太陽光線が地上に届くのは8分間のタイムラグがあることで、仮に太陽が爆発して死んでしまっても、8分間は何も気づかずまるで生きているように感じる、ということの比喩である。つまり、父の死後、時間が経過していく中で、まるで父が死んでいないような錯覚を失いつつある自分に対して、父の生きている記憶が薄れていくことへの不安やおそれ、そのことへの疑問を表している。
次に、その尊敬する父との記憶の再現として最も有効なものが、当時の2人の共通の趣味であった「調査探検」であり、主人公の少年オスカーは「ブラックさん」探しにすがるのである。更に、父の残した新聞記事の「探すのをやめない notstop looking」がオスカーにとって意味することは、やめないこと自体にも父との記憶をつなぐ、というものでもあった。
その過程において出会う、様々な人たち。見知らぬ427人の、何のつながりもない「ブラックさん」たちが「父」の手がかりとしてオスカーに意味づけられていく。その全員がそれぞれつながるということではなく、オスカーにとっての「ブラックさん」たちは電話帳に載っているリストという記号の羅列から、父の手がかりとして意味を持つようになるということである。
そして、途中に出会う、間借り人という存在。なんとこの間借り人、セリフなし、である。過去のある時点において声を発することをやめた(できなくなった)老人は、オスカーにとって自分を出せる相手であった。それは言葉を話せないことからくる秘密保持の安心感にもあるだろうし、この老人との付き合いにおいて仕方なく譲歩するオスカーの行動が、オスカー自身にある恐怖やおそれへの相克・相生を促すきっかけにもなっていった。結果的には、疎遠になった祖父であり、それは祖父の仕草から父との相似性を見つけ出し、そこに父を感じるようになったことで明らかとなっていった。
最後に、オスカーと母の関係性である。父をなくしたオスカー、夫をなくしたリンダ。オスカーは母がまるで抜け殻のようになってしまったと感じており、それによって生きているはずの母の中に「死」を感じてしまう。その結果、母を愛していると思いたい一方でどこか避けてしまう。「ママはバカだ!」と何もできない、何もしようとしない母に嫌悪感すら抱くようになっていった。しかし、実は、オスカーの「ブラックさん」探しに一早く気づき、先手を打っていたということが終盤明らかとなる。「自分の目で確かめることに意味がある、難しくなければ意味がない」という夫の口癖を実現させようとしていたのだった。

いずれにしても、ここから考えさせられたことは、「父の生の記憶」とは一体残されたものにとってどのような意味があり、そしてどのように意味づけられるのかということだろう。冒頭に描かれる遺骨のない棺桶に表現されているように、死んでしまった「父」には何も語ることはできない。それはオスカー自体も冒頭で言っているように「死んだら粒子に分解されるだけ」にすぎない。しかし、そうであるならば、人間の営み、歴史には意味がないことなのだろうか。

物語が進むにつれて、死んだ父という存在を通して、つながれていくオスカーを取り巻く人々。そしてその結末の空虚感、絶望感が示すように、最も大切な存在であったと感じてきたオスカーよりも、とある「ブラックさん」にとっての方が父の残した遺留品である鍵が大切なものであったと自覚するオスカー。

つまり、この映画は「哀れなコミュ症の少年が父の遺留品によって人と触れ合うようになれました!ああ、よかったね、つながって!泣けるねえ!」とは全く異なるものである。2時間かけて描いてきた冒険の結末が本人よりも、父の名前も知らない「ブラックさん」にとっての方が大事であるという描き方。人の生から死までの人生という歴史に何を見出すかは、決して普遍的なものではない。

他にも、9・11の描かれ方が「その映像や描写を多く用いない」ことにあったり、マックス・フォン・シドーが無茶苦茶しぶくて、かっこいい。一言もセリフなしであそこまで表現するか、といわんばかりの味わい、深み、コク・・・。
最高級のベテラン俳優陣と子役との絡みの絶妙さ。
やはり、映画『リトル・ダンサー』の監督は子役を使うのが上手いんだろうか。

長くなったが、結局、文字通り主人公にとって「ものすごくうるさい」うるさい要因(演出もうるさいノイズなどもあったが)、「ありえないほど近く」に答えがあった(遠くの父、疎遠な祖父、心の距離を感じていた母などなど・・・)ということがその要因によってはじめてわかる、再構築されるという含意を勝手に読み取ったとしてレビューを終える。
スポンサーサイト

コメント

コメントありがとうございますm(__)m
コメントについてはコチラ下部をご覧ください。
記事に対する感想や記事元の映画や書籍に対する感想など大歓迎です。とにかく誹謗中傷や宣伝広告目的でなければ、なんでもOKです。
コメントフォーム最下部の「送信 確認」クリック後のページでも同様の編集はできますので、いきなりクリックしても大丈夫です。

       

管理者のみに表示

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

トラックバックは原則フリーです。
ただし、自ブログの宣伝目的やトラックバック先との関連性が認められない場合等は削除します。該当ブログ記事がない場合はその関連性を明示してください。
トラックバックについての細かなお願いごとはコチラ下部をご覧ください。

PAGE TOP

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。